電気通信事業法の規定と電波法の規定は、「電波法からみる「通信の秘密」(1)」でふれておきました。
では、電波法の秘密の保護の規定の趣旨については、
「特に無線通信は、空界を通路とする電波を利用する者であるだけに他人に知られやすい弱点を有するものであるから、その保障には特に留意されなければならない。従って、電波法においては、憲法の規定を受けて、向けん通信の秘密の保護に関する特別の規定を儲けていると説明されています。
実際に比較したときに、気がつくことですが
(1)特定性または個別性ある通信のみの保護
保護の対象となる通信は、特定の相手方に対して行われる無線通信です。送信者と受信者が特定されていて、その間に特定性または個別性が存する通信とされています。
ラジオやテレビは、秘密保護の対象とはならないと明確にされています。
その一方で、特定の人に向けられたものであるということから、それについては、存在の事実も含めて、窃用や漏えいからは、保護されるということになるわけです。
インターネット通信についても、1997年前後に、「公然性を有する通信」という概念が提案されて、そのような通信には、通信の秘密や表現の自由が一定程度制限されるのではないかということがいわれたことがあります。ガイドラインをみることができます。
そのあと、プロバイダー責任制限法が制定されるなど、一定のルールが定められていくと、そのような議論は、大雑把だと考えられたのでしょうか、あまり正面から議論されることはなくなりました。
しかしながら、通信の秘密が保護されるという期待は、特定の人に対する通信であるということから、生じているのではないか、ということを示唆しているように思えます。不特定・多数の人に対する通信については、別個の考慮があってしかるべきということになり、それは、「公然性ある通信」の議論は、そのもともとにおいて、一定の意味があったということになるかと思います。
(2) 傍受の適法性
電波法59条の条文は「傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない」となっています。
これは、傍受は、違法ではないことが明らかになっています。 傍受自体が禁止されているという解釈は、きわめて少数説です。
もっとも、国際電気通信連合 無線通信規則17.1ないし17.3は、「公衆の一般的利用を目的としない無線通信を許可なしで傍受することを禁止し、かつ、それを防止するために必要な措置をとること」を主官庁に要求しています。しかしながら、解釈論としては、傍受は、許されるということになるかと思います。
電気通信事業法との比較の表は、こんな感じです。
取得行為 | 開示/知りうる状態 | 利用について | |
電波法 | 「傍受」のみは許容 (傍受とは、積極的意思をもって自己に宛てられていない無線通信を受信すること) |
「存在もしくは内容を漏ら」 すことの禁止 |
「窃用」とは、無線通信の秘密(存在または内容)を発信者または受信者の意思に反してそ れを自己または第三者の利益のために利用することである。 |
電気通信事業法 | 積極的な取得の禁止 | 「漏えい」の禁止 | 「窃用」の禁止 自己または第三者の利益のために利用すること |
これは、電波が、空界を通路として、拡散性を有するということから生じる規定なのではないか、と個人的には、整理しています。だとすると、拡散性をもつ通信については、この傍受の禁止自体が合理性があるのか、というのを検証することが必要になってくる、というように考えてもいいように思えます。
実際にネットワーク管理者は、実際の必要から、いろいろなコマンドを利用して、ネットワークの反応を調べることになります。その場合に、自己が通信の当事者ではない通信の存在について調査していることが多くあるように思えます。それらの行為が、「積極的な取得」に該当するというのは、ナンセンスなような気がします。ネットワーク管理者の正当業務行為であるということにするのでしょうが、どうも、違法性阻却自由の肥大化といわれてもやむをえないでしょう。
そもそも、何か許容されて、何が許容されないかを、実際に考えるほうが重要なような気がします。
(3)電波法の規定が、通信の「存在もしくは内容」という表現になっている。
通信に関しては、通信の内容と、個別通信の内容に関するデータである通信の構成要素をなす事実、それ以外の事実があるということになります。
個別通信の内容に関するデータである通信の構成要素をなす事実というのは、いいにくいので、英語だとtraffic dataだよね、ということになって、昔、traffic dataと読んでいました。ただ、それだと、個別の通信の存在とは、関係しないデータであるトラヒック・データと区別ができないよね、ということを電電公社関係者の方から指摘されたので、それ以外、原稿では、英国法にならって、通信データと読んだらいいんじゃないの、と提案してきました。(個人的には、世界的に、メタデータと呼ぶことでいいんじゃないのと思っていたりするので、今後は、そう呼びます。)
電波法は、昭和25年5月2日法律131号なのですが、昭和25年5月2日の段階で、秘密の対象となるものとしては、通信の存在と通信の内容双方であるということを認識していた、ということになります。
公衆電気通信法(これは、昭和28年法律第97号(昭28・7・31))
5条(秘密の確保)
「公社又は会社の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。
2 公衆電気通信業務に従事する者は、在職中公社又は会社の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。
という表現になっています。
電波法では、秘密の対象は、通信の存在もしくは内容だと書いているにも関わらず、公衆電気通信法で、郵便法(昭和22年法律第165号)の例(信書の秘密は、これを侵してはならない、郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない(以下、略))にならって、信書(通信)の秘密と他人の秘密の使い分けになっています。
ここは、歴史的な話としては、興味深い話になります。
一つの仮説としては、郵便法・公衆電気通信法においては、信書・通信の秘密は、通信の内容の保護のみで、存在に関する事実は、業務に従事する者に対して他人の秘密として保護されていたのではないか、ということが考えられるのです。
衆議院通信委員会昭和22年11月11日は、制定時の国会での議論であり、郵便法について逐条的な解釈をなしています。
そこでは、「第9條は秘密の確保についてでございます。これもただいま言いました憲法の21條の第2項に、「通信の秘密は、これを侵してはならない。」と規定されております。その趣旨によりまして「遞信官署の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。郵便の業務に從事する者は、在職中郵便物に關して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」といたしました。すなわち第1項は郵便の業務に從事する者竝びにそれ以外の者すべてにつきまして一般的に規定し、第2項は郵便の業務に從事する者だけ、在職中郵便物に關して知り得た他人の秘密、たとえば何某からだれそれあてにどれくらいの量の郵便がいつ送られているといつたようなことも、郵便物に關して知り得た他人の秘密ということに なるものと考えております。」
という解説がなされています。
ここで、あえて2項の解説として、発信人・受信人の氏名等の問題をあげているところに、この第2項について、信書の内容以外のことを2項で保護しているという解釈をとっていたのではないかと示唆するものがあるというこことができるわけです。
あと、いま一つのエピソードとしては、上田市公安調査官郵便物調査事件をあげることができます。この事件は、昭和28年12月および昭和29年3月に、長野県で、公安調査庁に勤務するAが、郵便集配人に対して特定の機関紙(朝鮮関係の非公然の機関紙類)の発行部数や特定の人間への郵便の存否などを問いただしたという事実があり、この事実が朝日新聞の声の欄に載ったという事件がありました。
果たして、このような公安調査庁のAの行為は、郵便法との関係で、どのように考えられるのかという点が国会で、大きな問題になりました。
昭和29年04月03日の衆議院の郵政委員会で議論がありました。
齋藤政府委員は、明確に
「本件のような郵便物の発受人の住所氏名等を漏らしますことは、もちろん郵便法の第九条第一預にいう信書の秘密を侵すということにはならないと存じますが、 第二項における郵便物に関して知り得た他人の秘密を提供するということに該当いたしますので、郵便業務に従事しておる者といたしましては、かたくこれを守らなければならないところでありますので、今後ともこのような事案が再発して法律違反に該当するようなことのないように、最近におきまして一般関係局に対しまして、それぞれその規定に違反することのないよう厳重注意するよう通達をいたしまして、注意を喚起いたしておる次第であります。」
という回答をしています。
また、この議論の関連で、齋藤政府委員は、郵便法9条について「信書の内容を知る意図をもつて、その内容を知ることによつてであります。」と発言しています(発言12)。
もっとも、昭和29年05月21日で参議院郵政委員会の審議があって、その審議では、この点についての政府内部での解釈の分裂が見て取れるものになっています。
「上書きですね、中は勿論通信文でありますが、上書きも勿論これは信書の秘密の概念に入りますか、その差出人と宛先。」という質問がなされたのですが、
法務当局を代表する井本台吉政府委員は「郵便法第九条第二項のほうの郵便の秘密という事項に当ると私は思います。」と回答したのですが、さらに、政府内部でも、解釈の相違があるのではないかと質問され、井本委員は、「議論がありまして、それまでも入るという説もありまするし、少くも郵便法の九条の二項のほうの秘密には当りまするが、全体としてこの信書の秘密の中に入るかどうか、多少疑問がございます。」と答えて、議論があることを示唆しました。
余談ですが、井本台吉政府委員は、私のボスの橋本武人先生からは、イモダイとかいわれていて、当時(修習1期だったと思います)のなかで有名な人だったようです。
同日、「郵政当局の見解はどうでございましようか。直接その通信の衝に当つておられる郵政省当局の御答弁を聞きたいと思います。」という質問がなされました。これに対して、渡辺秀一委員は、「我々は郵政省といたしましては、そういう今お尋ねの件は信書の一部分を構成するものであるとかように考えます。」という回答がなされています。
その味で、政府内部での解釈論の不統一が、国会の前で明確になってしまったということがありました。
するとこの仮説でいくと、実は、郵便法と公衆電気通信法では、通信の内容と存在に関する事実は、わけて考えられていた。それに対して、存在に関する事実が明らかにされている無線通信においては、特定の者に対する通信に対してのみ、秘密として保護される合理的な期待が存すると考えられていて、その場合、存在についても保護されることになる、というものではないか、と整理されるかと思います。