プラットフォーマー論とプライバシーの落とし穴

「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」が、出ています。
内容としては、いわゆる「デジタル・プラットフォーマー」の特性、独占禁止法の適用、優越的地位の濫用の適用可能性について「はじめに」でふれた後に、
1 優越的地位の濫用規制についての基本的考え方
2 「取引の相手方」の考え方
3 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方
4 「正常な商慣習に照らして不当に」の考え方
5  優越的地位の濫用となる行為類型
の各点について、分析がなされています。
プラットフォーマー論が競争法の文脈で語られる場合、特に、優越的地位の濫用の理論を用いた場合には、市場の画定をしなくていいとされるので、競争との関係が、いわば、グダグダになってきます。市場についての分析が厳密になされない、したがって、競争との関係について考慮が及ばないということが一つの落とし穴になっているのではないか、と考えられます。
いわゆるGAFAをみたときに、さて、どのような市場なのでしょうか。
グーグルは、検索+広告市場ですね。アマゾンは、商品購入+広告でしょうか。FBは、SNS+広告。アップルは、アップル(製品)というハードウエアかもしれません。
図解しておきます。
 

ところで、利用者からだと、検索、商品購入、SNSしか見えていなかったりします。つい、この見えやすい市場での競争力を押さえつけるべきだという考え方になりがちではないか、というのが、「落とし穴」といった理由です。
2 「取引の相手方」の考え方について
考え方は、「サービスを利用する際にその対価として自己の個人情報等を提供していると認められる場合は」と記載されています。
まず、大原則「No Free Lunch」です。サービスが提供される場で、これらの情報が、利用者から、サービス提供者に供給される、したがって、取引の相手方ということになるのは、いうまでもないことでしょう。「対価として」ということにどのような意味があるのか、ということです。配達のためだけに提供されて、それ以外にまったく使わなければ、「対価として」とはいえないとなるのかもしれません。
市場の画定の際には、価格を上げた場合の利用者の移行をみるわけですが、サービスの費用がゼロの場合であっても取引の相手方になりうるは、当然といえるかと思います。価格については、インセンティブが与えられる場合もあるわけなのは、私たちのeID 研究で、すでに10年前に明らかにされているところです。
米国で「アマゾンの競争政策におけるパラドックス(Amazon’s Antitrust Paradox)」という論文が独禁法の適用に影響を与えたという記事があるのですが、そのうち、参照してみることにしたいと思います。
次に、ここで、「等」とされているところの意味を考えます。そして、私の特許でも明らかなように、商品選考の判断さえも、貴重な情報になってくるのです。その意味で、個人情報規制プラスが示唆された用語法になります。
3 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方
考え方の(1)および(2)は、普通に市場力があるということなので、それは、それでいいかと思われます。(公取委的には、説明法は違いますけどね)
4 「正常な商慣習に照らして不当に」の考え方
これは、解説としては、「公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるものをいう」といっていますが、ほとんど同義反復ですね。
で、実は、「是認されるか」という問題は、そもそも、「優越的地位の濫用」って「競争」との概念では、どのように整理されるのという問題にさかのぼってきます。
この点については、競争法の世界で、非常に議論のあるところです。
個人的には、「優越的地位の濫用」は、世界的な解釈からみたときに、競争との関係では、説明がつかないものではあるが、日本的な状況から、実務的なものとして運用されていると整理しています。詳しくは、「規約変更によりGeForceのデータセンター利用を制限」を参照ください。
日本において、当事者間の法律関係について、執行が困難であったり、コストがかさんでしまったりする場合に、対応する必要があり、それが競争法に裏口から、忍び込んでいるというところでしょうか。
この点についてのまとめた論文として、参照しやすいものとして加賀見 一彰「「優越的地位の濫用規制」の濫用の規制 : 法・法学と経済学との相互対話を目指して」があります。
以下、このアプローチをもとに検討します。
すると、検索市場の取引関係を見ていくと、以下の図のようになります。

ところで、個人情報等について、これが、提供者に無料で提供されるわけです。
これを検索市場の競争秩序からみたときにどうなるのでしょうか。
競争というのは、需要にたいして種々の供給が提供されて、その種々の提供の間で、選択がなされうる場合ということになるかと思います。
競争法の秩序という観点からみたときには、利用者が、個人情報等の価値について「理解しうる」のであれば、種々の検索サービスで、連携されている商品の価格が安くなるとか、情報を利用しないとか、そのような情報に対する「対価」の差別化を得ることができれば、競争が維持される、ということになるかと思います。
では、「個人情報等」が買いたたかれている、というのは、競争法の秩序からみたときに、公的に是正すべきものとして、介入すべき問題なのでしょうか。規制の効果とそのコストという問題もかんがえないといけないです。
商品の買いたたきの防止、という観点からいくと、労働力の買いたたきの禁止としての最低賃金の定めというアプローチがあることに気がつきます。個人情報等にたいして、そのような「強制的なお節介(ハードなパターナリズム)」をとるべきなのでしょうか。
公的に是正すべき場合には、何らかの手法が、効果が生じうるものであることが必要になる(改善可能性ですね)と思われます。ところが、プライバシーという観点からいくと、個人は、プライバシーが重要だといっていても、実際の選択については、ほとんど気にしない(プライバシーパラドックス)という特徴があります。なので、公的に是正することをいってみても、個人に関連する情報が何か、価値として異なるのかということが、サービスの競争の条件としては意識されることはない、ということになります。
検索市場を例にとってみてみましたが、提供者は、個人情報に関して、利用者の注意を喚起する、そして、法の定める要件を満たすということ以外に、なにか、別途、利用者にたいして、追加の対価を与えるべきなのか、ということは、それを与えるという方向性を示したとしても、利用者に対して、評価されずに、競争という観点からは、効果がない、という宿命が待ち構えているということになります。そもそも、提供者が、いろいろと利用可能な情報を、できるかぎり安価に取得しようというのは、自由主義というか、競争の観点から当然のことです。それに対抗して、何か、特別の義務をプラットフォームに課すべきであるというような議論は、実効性がありうるのか、という問題に直面するわけです。
その上に、そもそも、特別の義務論的なものは、プライバシーとの関係で、どのような意味があるのか、ということが問題になります。市場力を有するサービス提供者によって、取得されるとき、利用者は、プライバシーが(競争市場と比較して)特段に侵害されたと感じるのか、というように問題を言いなおすこともできます。
これは、「プライバシー」をデータ保護、個人に関するデータに関する自己決定権といっているうちは、解決できない落とし穴です。
プライバシーを、「個人の自己に関するデータが他人に了知されることから生じる不安感」と定義し、それが、文脈によって、変動するという実際を認めたときに初めて考えうる問題になってくるか、と思います。
すると、市場力を有しないプロバイダーだとなしうる行為であっても、市場力を有するプロバイダーは、なし得ない行為があるのではないか、ということになります。これは、今後、検討されるべき問題でしょう。
ところで、市場の構造を見てみると、検索市場や、商品販売市場における存在(市場力)を利用して、広告市場において有力な地位を得ようとするのはどうでしょうか。これは、広告市場での競争を減殺させる構造が生じているというよう思われます。ただし、これに対して、何らかの対応をすべきかどうか、というのは、広告市場の市場分析等がなされなければならないかもしれません。広告といっても、弁護士を探す面では、むしろ、弁護士ドットコムのほうが、強いかもしれませんね。どの程度まで細分化された市場を考えるかとかの問題もあります。
このように見てきた場合に、公的規制によって、プラットフォームをめぐる取引関係について、介入すべきではないのではないか、と考えられます。もし、本当に望ましい公的な介入は、むしろ、新規技術を促進し、また、リスクを緩和し、さらに、許容範囲を明確にすることによって、社会の発展をうながすために使われるべきでしょう。
1990年代に、マイクロソフト分割論が、騒がれ、米国政府は、多大なコストを使って、規制をなそうとしました。また、EUは、Windows95のブラウザを後にインストールするような版を作らせました。それがどれだけ競争に効果があったのでしょうか。Chromeは、EUの政策があったからといって、シェアを拡大したわけではないでしょう。技術の進展が、競争を生み出し、社会の進歩を生み出すわけです。

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