米国でスパイ気球を撃墜した案件があり、それを受けて、わが国でも、そのような対応ができるのか、どうかという議論がなされました。
この議論がでたときには、早急に無人航空機飛行禁止法による対応を考えることができるのではないか、ということを書きました(「(越境財産たる)気球撃墜の法的擬律について-小型無人機飛行禁止法の適用範囲と主権絶対の原則の国内法への現れ」)が、そのあと、自衛隊法の解釈変更で対応するという報道がなされたので少し見ていきます。
2023年2月15日の新聞報道によると、
自衛隊の武器使用基準を緩和する方針を固めた。自衛隊法の解釈を変更し、正当防衛などに該当しなくても、一定の条件を満たせば撃墜できることを明確にする。
ということです。この点についての報道として
があります。また、「日本に飛来した偵察気球、撃墜できる? 「予備自衛官」の弁護士が自衛隊法84条を解説」という記事もあります。
でもって、自衛隊法84条が無人航空機に適用されないかというのをみてみます。
1 自衛隊法84条の趣旨
自衛隊法84条(領空侵犯に対する措置 )は、
防衛大臣は、外国の航空機が国際法規又は航空法(昭和二十七年法律第二百三十一号)その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる。
となっています。
「日本の防衛法制」によると、自衛隊法84条のさだめる対領空侵犯措置の法的性質については
警察作用であり、隊法3条に規定された自衛隊の本来任務のうち、いわゆる「従たる任務」である「公共の秩序の維持」に該当する活動である
とされます。もっとも、第78条(命令による治安出動)のように「一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合」のような限定がついていないのは、
一般の警察には、対領空侵犯措置を実施する能力はなく、わが国においてこれを行いうるのは、自衛隊だけであるため、警察上の措置ではあるが、一義的に自衛隊の任務とされているものである
ということだそうです。
ここで、上に「これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせること」のように限定がなされていないのは
これは、警察作用ではあるが、領空侵犯の取締行為として具体的にいかなる措置をとるべきかは、国際の法規および慣例をふまえて行われるべきであること、また、特に、武器の使用については、空中を飛行する航空機の特性上領空侵犯機に対する武器の使用は結果的に撃墜という効果を招くことがほぼ確実であることから、警察比例の原則になじまない面があること
によるとされています。
2 外国の航空機
でもって「外国の航空機」についてですが、これについて無人航空機を含むのか、という解釈論について考えます。ですが、「日本の防衛法制」においては、この解釈論についてふれていません。ただし、航空法2条1項では、
「航空機」とは、人が乗つて航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器をいう。
とされており、無人の航空機は、
「無人航空機」とは、航空の用に供することができる飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他政令で定める機器であつて構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦(プログラムにより自動的に操縦を行うことをいう。)により飛行させることができるもの(その重量その他の事由を勘案してその飛行により航空機の航行の安全並びに地上及び水上の人及び物件の安全が損なわれるおそれがないものとして国土交通省令で定めるものを除く。)をいう。
として別個の概念として整理されています(航空法2条22項)。
また、小型無人機として
「小型無人機」とは、飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船その他の航空の用に供することができる機器であって構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作又は自動操縦(プログラムにより自動的に操縦を行うことをいう。)により飛行させることができるもの
と定義されているのも、除外規定を除くほかは、同一の概念であったりします。
ここで、航空機の定義において「人が乗つて」とされている以上、この解釈に、航空機と無人航空機を含むというのは、なかなか厳しかったりします。
「構造上人が乗ることがてできない」という文言については、どのような意味があるのかないのか、という点については、別の機会ということになります。
3 武器使用について
「必要な措置を講じさせること」のなかに、「武器使用」が認められるのか、ということになります。
武器というのは、「火器、火薬類、刀剣類その他直接人を殺傷し、または武力闘争の手段として物を破壊することを目的とする機会、器具、装置」となります。
スパイ気球に関していえば、2023年2月には、
F22戦闘機が「AIM-9Xサイドワインダー」ミサイル1発を気球に発射し、米東部時間午後2時39分(日本時間5日午前4時39分)にミサイルは米海岸から6海里沖に墜落した。
ということです(記事)。ミサイルは、武器であることは間違いがないでしょう。
「必要な措置」として正当防衛又緊急避難の要件に該当する場合には、武器の使用が許されるものと解されています。具体的には、
具体的に、正当防衛又は緊急避難の要件に該当する場合とは、例えば、領空侵犯機が実力をもって抵抗するような場合のほか、領空侵犯機が要撃機の退去命令や強制着陸命令にも応ぜず、領空侵犯を継続して国民の生命及び財産に対して重大な侵害が加えられる危険が間近に緊迫しており、これを排除するためには武器の使用を行うほかはない緊急状態もこれに該当する
これは、警察権の行使である武器の使用の論点でもふれられているところであって、警察官職務執行法7条(武器の使用)において
警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。
一 死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。
二 逮捕状により逮捕する際又は勾引状若しくは勾留状を執行する際その本人がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。
とされているのに対応するところです。そして、「自衛隊による警察権の行使という特性上、危害許容要件が緩和されている場合がある」とされています。具体的には、治安出動の場合(90条1項)、海上における警備行動(隊法93条3項)などがあげられています。
でもて、この場合は、「人に危害を与えてはならない。」とあるわけですが、スパイ気球について
自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる
となるわけです。でもって、この危害許容要件との関係はどうかということになります。この点について新聞報道は
政府は今回、気球などの無人機に武器を使用した場合でも、人命に危害が及ぶ可能性はないため、基準の緩和が妥当と判断した。
としています。このように警察官職務執行法の定め方をみるときに、人への危害がない場合には、「正当防衛」「緊急避難」に該当する場合に限る必要はないものといわなければならないので、このように法の構成に従った解釈ということになるのだろうと思います。
これを図示するときに
スパイ気球の撃墜に関していえば、スパイ活動の抑止のために必要であれば、武器を使用することができるということがいえるでしょう。
4 安全保障法制との関係など
4.1 法改正が必要なのか?
上の「日本に飛来した偵察気球、撃墜できる? 「予備自衛官」の弁護士が自衛隊法84条を解説」という記事では。
気球が領空侵犯を継続した場合には、武器の使用が認められますが、同条が想定しているのはあくまで強制着陸や領空外退去のための武器使用がメインです。しかも気球はデータや情報を収集しているだけであり、ただちに攻撃してくるわけではないことを前提とすると、正当防衛や緊急避難としてただちに撃墜することは難しいと思われます。
以上より、84条を素直に解釈すると、気球を撃墜することはできないということになってしまうので、ここは早急に法改正すべきではないかということになります。
となっています。しかしながら、このように見ていくと、「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」という判断の際にスパイ気球であると信じる相当の理由の判断の問題はありますが、「早急に法改正すべき」という問題なのか、というのは、疑問があるどいうことになると思います。
要するに、今回の法解釈は、素直に条文を解釈したときに、人への危害がない場合については、危害許容要件を考え刈る必要がないという当然のことを明らかにしたものと捉えます。
4.2 オフェンシブサイバーと武器使用規定との関係
サイバー手段を用いて、敵国(アドバーサリー)にたいして、強制的な行為を行って被害を惹起する行為を防衛としてできるのか、という問題があり、そのような行為は、英国の用語をもちいるとき、オフェンシブサイバーと呼ぶことができます。
このような場合に、自衛隊法84条のような定めはいるのか、という問題があります。
防衛大臣は、外国からの電気通信が国際法規又はその他の法令の規定に違反してわが国の領域の電気通信設備に侵入もしくは危害をくわえるときは、自衛隊の部隊に対し、この電気通信を阻害し、又はわが国の領域に対する侵入行為等を停止させるため必要な措置を講じさせることができる。
というような定めになります。これは、まず、平時の場合の規定ということになります。有事であれば、防衛出動のなかに含まれるということになるかと思います。
ここで、「必要な措置」は、どうなのか、というこになります。これは、武器ではありません。従って、上述のように危害許容要件は不必要になるということになります。そうはいっても、警察作用なので、「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」とはどのようなものか、という考察は必要でしょうし、防衛大臣の命令のもとで行うという立て付けは必要になるだろうと思います。
もっともそのようなものについて、自衛隊が、ふさわしい組織なのかという問題は残るわけです。