先制的防衛の適法性-先制攻撃とユス・アド・ベルム(Jus Ad Bellum)

政治的な趣旨は全くないのですが、国際法におけるユス・アド・ベルム(Jus Ad Bellum)についてまとめておくことは、無意味な議論を避けることができますし、また、学問をあまりにも軽じている政治分野の人に警鐘を鳴らすことは意味があることと思いますので、エントリをまとめたいと思います。

とある政治家が

攻撃『着手』段階での敵基地攻撃は国際法違反の先制攻撃となる

主張しています

国際法において、このような武力紛争に関する法の分野は、ユス・アド・ベルム(Jus Ad Bellum)とユス・インベロ(Jus in Bello)に分かれます。この点は、私のエントリで触れています。

特にユスアドベルムについては、

1 ユス・アド・ベルム

の固定ページでまとめています。

ここで、国連憲章のパラダイムを見ておきます。51条です(国連憲章テキスト)

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。(略)

この「自衛権の行使」のところについて「先制攻撃」か、どうかという議論をしていることになります。

この固定ページでも触れたように「武力の行使」が行われているか、というのが、ひとつのポイントになります。その意味で、「武力の行使」が行われていない場合において、敵基地攻撃をするのは、まさに国際法上、禁止されているということになります。

「武力の行使」が行われている場合

武力の程度の問題

「武力の行使」が行われているか、ということについて、その武力(組織的に生命・身体を奪いうる暴力の行使であって、国家の領域的一体性と政治的独立を侵すようなもの)の程度について、シュミット・スケールで判断さこれされるのは、1 ユス・アド・ベルムでふれたとおりです。

武力行使の着手時の問題

もっとも、では、時間的な段階で、いつ、この自衛権の行使が許容されるのか、という問題があります。これは、自衛権の行使については、侵害行為である武力攻撃の発生が現実のものである場合に制限されているのか、攻撃のための行動が開始された場合にも行使を認められるのか、という問題です。

図にしてみました。

この問題については、自衛権は、身体や財産に襲いかかる危害に対して身体や財産を守るために存在する権利であることから、攻撃のための行動が開始された場合においても認められると解されています(先制的防衛-anticipatory defense/preemptive self-defenseの権利といいます)。

防衛実務国際法[475]は、用語について

anticipatory defenseという語は、武力攻撃の発生以前におこなわれうるとされる自衛全般を指し、preemptive self-defenseは、急迫する武力攻撃に対しておこなわれうる自衛を指す場合が多い

としています。

同書によると、「真に急迫している場合」(他国内でミサイルが発射され、まだ自国領域に着弾していない段階)に自衛権を行使できるという点では学説は一致しているそうです。

この点にふれている論考としては

などがあります。

INSTITUT DE DROIT INTERNATIONALのPresent Problems of the Use of Armed Force in International Law A. Self-defence

以下の決議を採択する。
1. 国際連合憲章第51条は、国際慣習法によって補完されており、個別的及び集団的自衛権の行使を適切に規律する。
は、個別的及び集団的自衛権の行使を適切に規律している。
2. 必要性と比例性は、自衛権の規範的枠組みの不可欠な構成要素である。自衛の規範的枠組みの重要な構成要素である。
3.自衛権は、現実の武力攻撃または明白に差し迫った武力攻撃があった場合に発生する。武力攻撃を阻止し、停止し又は撃退するために、安全保障理事会が有効な措置をとるまでの間 国際平和及び安全の維持又は回復のために必要な効果的な措置をとるまでの間、行使することができる。

Chatam HouseのPrinciples of International Law on the Use of Force by States In Self-Defence では

ページ4で

1  自衛に関する法は、進行中の攻撃に対して武力を行使する権利以上のものを包含している。

という原則があがっています。そこでは、51条の規定を紹介したあと

しかし、「先制的自衛権(anticipatory self-defence)」 と呼ばれる、差し迫った攻撃の脅威を回避するために自衛行為を行う権利を国家が有するとする考え方も、普遍的ではないものの広く受け入れられている 。

とされています。ちなみに、この論文では、

この文書では、「先制的」自衛権(preemptive self-defense)よりも「予測的」自衛権(anticipatory defense)という用語を使用する。が、「先制的」自衛権(preemptive self-defense)は現在も使用されており、例えば、国連事務総長の脅威、課題及び変革に関するハイレベルパネルの報告書「より安全な世界:我々の共有責任」パラ189に記載されている。

という説明がなされています。

自衛権の行使が、現実の攻撃を待たなければならないというのは現実的ではない

とされています(4頁)。

もっとも同論文は、「必要な意図と能力があれば、積極的な準備が進んだ段階で攻撃が開始されたと見なす」という立場と「差し迫った攻撃に関して自衛のための武力を合法的に行使できるまでに、同様の条件を必要としない」とするだけで、実際の違いは大きくないとしています。また、予見的自衛権を否定する人々は、攻撃が完了すれば、別の攻撃を予期して対応する権利を発動するのに十分であるとしているので、これらの違いは大きくないように思えます(高橋)。

原則2は

2. 武力は、差し迫ったものであれ、進行中のものであれ、「武力攻撃」に関連してのみ、自衛のために使用することができる。

  • 「武力攻撃」には、国家の領土に対する攻撃だけでなく、大使館や軍隊など国家の発するものに対する攻撃も含まれうる。
  • 自衛のための武力行使は、次の場合にのみ行うことができる:攻撃が武力による威嚇または行使からなる場合(例えば、単なる経済的強制ではない)、攻撃者が攻撃の意図と能力を有する場合、および攻撃が国家の支配する領域外から向けられたものである場合。
  • 威嚇攻撃の場合、防衛国自身に対する攻撃の実際の脅威がなければならない。

ブラックレターで上のように記載されています。

この解説について

しかし、純粋に「経済的」な攻撃であっても、それが差し迫った武力攻撃の前兆であれば、自衛権を発生させる可能性がある。武力攻撃とは、あらゆる武力の行使を意味し、ある強度の閾値を超える必要はない 。武力の行使が一定の強度に達しなければならず、例えば辺境での事件は除外されるという要件は、攻撃の性質が軽微であれば、攻撃の意図がないこと、または誠実な過誤の一応の証拠となる限りにおいてのみ、関連性を持つものである。また、必要性と比例性の問題にも関連する場合がある。(以下、非国家主体による攻撃の場合の説明ですが省略)

とされています。

ANTICIPATORY SELF-DEFENCE は、著者については、すみません調べていませんが、内容的には、信頼できるものといえそうです。

先制的自衛権という文脈での軍事力の行使は、おそらく国際法上最も議論の多い問題である。

とされています。

国連憲章第51条では、「武力攻撃が発生した場合」に自衛権を有するとしているが、この言葉の選択は、攻撃がまだ始まっていないことを意味しており、攻撃を受けていない主権国家に対する武力行使は、国際法上(国連安保理決議の例外を除き)適格でないとされていることになります。
しかしながら、

以上の点から、この問題についてはあまり明確になっていないように見えるが、自衛はすべての場合において実際の攻撃を待たねばならないと考えるのは非現実的である。

国際慣習法の下では、国連憲章の文言にかかわらず、攻撃が差し迫っている場合には先制的自衛が認められるというのが国際的に受け入れられているコンセンサスである。2005年、アナン国連事務総長は報告書「より大きな自由の中で/すべての人のための開発、安全保障、人権に向けて」で

124. 差し迫った脅威は、武力攻撃から自らを守る主権国家の固有の権利を保護する第51条によって完全にカバーされる。法律家たちは、これがすでに起こった攻撃と同様に差し迫った攻撃をも対象としていることを長い間認識してきた。

125. 脅威が差し迫ったものではなく、潜在的なものである場合、憲章は安全保障理事会に、国際平和と安全を守るために予防的なものも含め、軍事力を行使する全権限を与えている。大量虐殺、民族浄化、その他の人道に対する罪に関しても、国際平和と安全に対する脅威であり、人類は安全保障理事会に保護を求めることができるはずではないか。

としていることを引用しています。

結局、国際法のもとでは、

攻撃『着手』段階での敵基地攻撃は国際法上認められる

というのが学問的に一般的な回答になります。

政党が発言する以上は、きちんとしたレビューをした上で発言すべきだと思います。そのために、政策秘書が雇われているはずだと思いますし、国際法に関する解釈の誤りは国際的な信用を低下させることをきちんと知るべきだと思います。#もっとも自民党も「アクティブサイバー防御」の法的なレビューがグダグダなのは、同罪ですが。

日本国政府は、

いかに武力攻撃のおそれがあったとしても現に武力攻撃がない限り、それはもう自衛権の発動というか武力行使はできない

との判断を示していました。これは、武力攻撃の行動が開始されていることが必要だと判断しているのだとすれば、国際法の通常の立場よりは、謙抑的なものといえますが、今回これを変更するということになると理解すればいいわけです。

 

なお、日本語での文献をあげて検討したエントリを作成しました(2023年1月29日-国際法に関する先制的自衛の法的論文から解釈論をみる)。

関連記事

  1. CyCon2017 travel memo 2) Day -1
  2. 欧州におけるIoTのサイバーセキュリティに関する戦略と法-「RE…
  3. RSAが4月に!
  4. トラストサービスフォーラムinベルリン Day2 その1 後半
  5. 1パーセント以下は、偏った立場?
  6. 10th Anniversary of IT Research …
  7. サイバーセキュリティ経営ガイドライン v20をどう考えるか
  8. オランダの責任ある開示ガイドライン
PAGE TOP