「仮想通貨、差し押さえ強制執行できず 「技術的に困難」」という記事(日経新聞6/13) がでています。が、実際には、この記事自体は、きわめて誤解を招きやすいので、注意が必要です。
「仮想通貨交換会社が「技術的に困難」として対応せず、強制執行できない状態になる事例があった」としています。
この論点についての法律論文としては、藤井裕子「仮想通貨等に関する返還請求権の債権差押え」金融法務事情2079号 7頁・高松志直「電子マネーおよび仮想通貨に対する強制執行」金融法務事情2067号 50頁 があります。
新聞記事で扱っている事件は、どうも、上の藤井論文で、紹介されている事案そのままのようです。
さて、この場合、通常のとおり、
「債務者が、第三債務者に対して有する債権を差し押さえる」として「債務者が第三債務者に対して有する仮想通貨等の返還請求権」を差し押さえて、この仮想通貨等について「Rippleウォレット」等という記載がされています。(同 金融法務事情9頁)
でもって、この返還請求権について、差し押さえた場合に、交換会社は、「交換会社が被害金を代わりに支払った場合、業者側から回収できずに損失を被る恐れがあることなどを理由に対応を見送ったという。」のだそうです
たとえば、離婚の場合に、(夫が会社を営んでいた場合に)会社の代表者の報酬請求権を差し押さえたとしますよね。それを会社が、拒んだとしても、報酬請求権が強制執行できない状態にあるとはいわないです。会社に対して、取立訴訟を提起すればいいわけです。法的な仕組みは、整備されているわけです。
この報道の場合においては、法的な枠組みとしては、債権者が、交換会社に対して取立権を取得することになるのではないか、と考えています。
そうだとすれば、これは、「仮想通貨を確実に強制執行する仕組みは未整備で、専門家は「差し押さえ逃れや資産隠しに悪用される恐れもある。対策が必要だ」と指摘している。」というのは、正確ではないということになります。
ただし、問題は、その先にあって、もし、この業者が、強制執行を予測して、交換会社に対して有する口座から、仮想通貨をブロックチェーン上のウォレットに移転していたらどうか、という問題があります。もしかすると、この事案は、そうだったのかもしれません。そうだとすると、すでに、問題は、債権差押えという構成の問題を超えてしまいます(すでに、預金が引き落とされていたという単なる「空振り」の場合ですね)。これは、まさに管理するものがいない分散型仮想通貨の根本的な問題になります。この場合については、「仮想通貨を確実に強制執行する仕組みは未整備で、専門家は「差し押さえ逃れや資産隠しに悪用される恐れもある。対策が必要だ」という指摘は、そのとおりになります。
この点を指摘するのは、高松論文になります。
この場合については、「第三債務者のないその他財産の差押え」となり、「債務者である仮想通貨保有者に差押命令を送達する」ことになります。そして、換価手続については、譲渡命令(または、売却命令)によるしかないだろうとしています。しかも、
「譲渡命令が発令されても、差押債権者としては、債務者が差押債権者に秘密鍵情報を開示しなければ実際に仮想通貨を差押債権者に帰属する形で移転することができない。また、売却命令に基づき執行官が仮想通貨を売却(移転)する場合にも同様に秘密鍵情報がなければ仮想通貨を移転できない。以上からすれば、仮想通貨自体の強制執行を検討したとしても、秘密鍵情報が債務者から任意に開示されない場合には間接強制の方法によらざるをえず、金銭債権について債権者が満足できる強制執行の実現は困難となるものと思われる。」
と分析しています。まさにこのとおりの分析ということになるかと思います。