米国の適格中立性の概念-ロシアのウクライナ侵略行為に対する「中立性」の問題-戦時の法の概観とともに

今回のロシアのウクライナ侵略に対しては、NATO構成国やアメリカが、ウクライナに対して武器その他を供給しているのは、明らかな事実となっています。これって、中立義務の従来の考え方に反するんじゃないの?という疑問をもっていたのですが、ハイネック先生の「ウクライナへの戦争の中立性(Neutrality in the War against Ukraine)」という論文がこの疑問に答えているので、まとめます(以下、ハイネック論文といいます)。

2015年のCCDCoEのセミナーは、マイク・シュミット先生とハイネック先生、そして、リース・ビフール先生から、サイバー作戦の国際法的な問題を教わるという贅沢なセミナーでした。

国際法において武力紛争に対する規範としては、武力行使の要件の問題(ユス・アド・ベルム)といわれる部分と武力行使における法理(ユス・イン・ベロ-戦争時の法)という部分にわけられて議論がなされています。ユス・アド・ベルムにおいては、暫定命令で国際私法裁判所が判断している(全文訳)ように、ロシアが、ウクライナにおけるジェノサイドを停止させるためという武力行使開始の理由は、事実に反しているということが明らかにされています。

ユス・イン・ベロ

 

ユス・イン・ベロは、「武力紛争」の存在を前提に発動される法をいいます。International Humanitarian Law(国際人道法)とも、いわれる法分野になります。国際人道法は戦争の手段や方法を規制する原則や規則、それに文民、病人や負傷した戦闘員、戦争捕虜のような人々の人道的保護を扱ったものです。

主要な文書としては、赤十字国際委員会の主催のもとに採択された1949年の「戦争犠牲者の保護のためのジュネーブ諸条約(Geneva Conventions for the Protection of War Victims)」と2つの1977年追加議定書(1977 Additional Protocols)があります。

この問題は、慣習法の問題と中立性の問題に分かれます。(なお、「防衛実務国際法」では、中立法は、は、「法上の戦争を前提に、紛争当事国(交戦国)と中立国との国家間関係を規律する法として今もなお、武力紛争法と区別されるのが一般的である」としています。この点については、今後調べます)

慣習法の問題

ユス・イン・ベロにおける原則としては、4つのものがあげられます。「区別(無差別攻撃の禁止)」「必要性」「均衡性」「シビラリ」です。

(イ)区別( discrimination)-無差別攻撃の禁止

武力紛争法(LOAC)は、作戦の実行者に対して、攻撃目標を敵の戦闘員 (Combatants) か軍事目標 (military objectives) に定め、民間人および民間目標を区別するように求めています。これを区別原則といいます。

上でふれた1977年の追加議定書の第一追加議定書48条は、

紛争当事者は、文民たる住民及び民用物を尊重し及び保護することを確保するため、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標とを常に区別し、及び軍事目標のみを軍事行動の対象とする

と定めています。この原則の結果、軍人と文民、軍事目標と民用物を区別せずに行う無差別攻撃の禁止が定められています。

行為規範からも、この区別を可能にするような規範が定律されています。ゲリラ戦争を例にするとき、ゲリラ戦争は、(1)責任をもつ指揮官によって指令されていること(2)遠くから識別可能な一定の明確な記章(insignia)または印(sign)を身につけていること(3)戦争における法と慣習に従って作戦が遂行されること(4)武器をオープンに携行することが条件となり、ゲリラに対して法的な地位が与えられるとされています(ハーグ陸戦条約1条)。ここで、遠くから識別可能な一定の明確な記章(insignia)または印(sign)を身につけていることや武器を公開で携行することが求められることから、区別の原則が可能となっています。

サイバー作戦を考えたときにも、この原則が適用されるものと考えられています。以下、サイバー作戦の場合については、詳細は、省略します。

また、軍事目標とは、その性質、位置、用途または使用が軍事活動に効果的に資する物であって、その全面的または部分的な破壊、奪取または無効化が、その時点における状況において明確な軍事的利益をもたらすものをいうとされています(同規則100)。そして、民用物とは、軍事目標ではないすべての物をいうとされています(同)から、軍事目的にも民間目的にも利用ができるものは、軍事目標たりうることになります(同規則101)。
この区別の原則は、手段および方法に対する規定、攻撃行動に関する規定においても適用されています。具体的には、無差別な手段または方法による攻撃は、禁止されています(同規則105)。

(ロ) 均衡性( Proportionality)

次の原則は、均衡性です。これは、軍事的攻撃で得られる利点と比較して、民間人および民間機関に与える随伴してしまう被害が、釣り合わないことを禁止するものです。
通常兵器においては、技術の進化によりコラテラルダメージ(民間人に発生する攻撃によって巻き込まれたことによって生じる損害)や偶然の傷害は、きわめて減少しています。これは、現在は、標的の分析と武器および戦術の選択についての相当な注意がおこなわれていることによります。

(ハ) 必要性(Necessity)

現在の法によれば、行為者は、攻撃によって得られる軍事上の必要なメリットを明かにすることができなければならないとされています。これらの行為は、平和への復帰を不必要に困難にする敵対行為であるということになります。軍事上の必要性の原則は、戦闘中以外(または、永続的な負傷を負った)の敵への攻撃、自白を得るための拷問、および軍事目的を促進しない敵に追加の損害を与えるために使用されるその他の活動などは、禁止されます。

(ニ) Chivalry-背信行為の禁止

背信行為(legal deception)が禁止されています。背信行為とは、交戦国双方が法規を遵守しているという信頼を裏切る意図で武力紛争上保護されるものや地位を装うことをいいます。これらの保護を受けるものとしては、文民、民用物、医療要員または物、国連の要員または物、戦闘外にいるものなどがあります。
これにたいして軍事的奇計(military deception)は許容されます。奇計とは、敵を欺くまたは無謀に行動させることを意図した行為で、戦時謀計ともいいます。偽装、おとり、陽動作戦などが具体的な例になります。

中立性(Neutrality)

これは、敵対国がサイバー戦争状態になった場合に、第三国の対応の選択肢はどうなのかという問題になります。その戦争に参加していない国家が、交戦国にたいして中立の立場をとった場合には、中立国と交戦国との間を 規律する法を中立法といいます。
中立法は、中立国に対する義務と交戦国に対する義務によって構成されています。

以下、ハイネック論文によって考察していきます。ハイネック論文は、

ウクライナ戦争の当事者でない国は中立法に拘束されるのか、またどの程度拘束されるのかという問題を簡潔に取り上げている。特に、これらの国はウクライナに対して、軍備の供与を含むいかなる援助も行わない義務があるのか。

という問題を考察しています。

中立法の源流

中立法は、1907年10月18日の第2回ハーグ講和会議で採択された2つの条約で規定されています。ロシアとウクライナはこの2つの条約に加盟しています。その条約とは

になります。これらの法的拘束力のある文書に加え、

で中立法 が扱われています。

1990 年代以降、国家の慣行は一様ではないため、拘束力のある文書や拘束力のない文書を補足する一連の慣習規則が存在するかどうかは未解決の問題である。とはいえ、中立法が多数の国の軍事教範に盛り込まれているという事実は、武力紛争法のこの分野の要点が引き続き有効であると一般に認識されていることの十分な証拠となる。

とされています。

中立法の適用性

中立法は、国際的な武力紛争(International Armed Conflict)の状況においてのみ適用されるのは上でみたとおりです。IACでは、紛争当事者は中立国の主権を尊重する義務を負います。

しかし、IACの成立に必要な閾値が「一国による他国に対する武力行使」とかなり低いため、中立国は一定の期間と強度のIACにおいてのみ、中立法とその中核である公平義務に拘束されることになります。宣言された戦争(正式な戦争状態)の場合にのみ中立国がこれらの義務に拘束されるという孤立した立場は、他の国による十分な支持を得られなかった。

とされます。

ウクライナとロシア連邦の間のIACは、2014年のクリミア半島の併合と、ルハンスクとドネツクの分離主義者に対するロシアの軍事支援によって始まったものとされ、2022年2月23・24日に、ウクライナがベラルーシの支援を受けたロシア軍に攻撃・侵攻され、かなりエスカレートしたと考えられます。その結果、ハイネック先生は、

少なくとも2月23日・24日以降、武力敵対行為の激しさと予測可能な期間は、武力紛争の当事者ではない国が原則として中立法に拘束されるという結論を正当化するのに十分であると考えるのが安全であろう

としています。

ハーグ第5条約と第13条約に基づく中立国の義務

中立国は、交戦国が自国の領土を軍事作戦の拠点として、またはその他の交戦権の行使のために使用することを許可することを禁じられています。ハーグ条約第5条は、中立国が交戦国に軍備を供給することを明確に禁止していません。その第7条は、私的行為者による「交戦国の一方または他方に代わって、武器、軍需品、または一般に軍隊や艦隊に利用できるものを輸出または輸送すること」を扱っているだけで、中立国には「阻止する義務はない」とされています。しかし、ハーグ条約第五条において、国と民間のギャップは、中立国が交戦国にそのような物品を供給する権利があることを意味するものではないとされます。したがって、ハーグ条約第五条は、交戦国への武器弾薬の移送を暗黙のうちに禁じている。

海戦を扱うハーグ条約第 13 条は、

いかなる種類の軍艦、弾薬又は戦争物資であっても、中立国が交戦国に直接又は間接に供給することは、いかなる方法によっても、禁止する

と明確に定めている。さらに、交戦国に軍備を供給することの禁止は、中立国の公平性の義務、すなわち一方の交戦国に有利に、他方の交戦国に不利になるような側に立ってはならないという義務全体から明らかに導かれるものである。

中立と侵略

中立国は平時と異なる中立義務を交戦国にたいして負うことになります。この伝統的中立義務は、黙認、避止および防止の3種の義務により構成されています。交戦国は、中立国の領域を侵害することは許されませんし、また、その中立国の領域を自らの利益になるように利用しては成りません。また、中立国としては、交戦国が、自国の領域を利用しておこなわれている場合には、それを了知した場合には、その利用を終了させるべき義務を負うことになる、とされています。

ハイネック先生によると

ロシア連邦の拒否権により、国連憲章第7章に基づく国連安全保障理事会では、中立国の義務から逸脱することを認めるような決定はなされていない。従って、ウクライナに軍備を供給し、また供給し続ける国は、中立国の義務に違反する行為を行っていると思われる。

しかし、米国を含むいくつかの国は、中立国は侵略者と侵略の被害者を区別することにより、「適格(qualified)」または「慈悲深い(benevolent)」中立の立場をとることが許されるとする強い見解を示しています。この見解は、米国では、国防総省の戦争マニュアルの「Qualified Neutrality」に記載されています。

ここで、この15.2.2をみてみます。

15.2.2 Qualified Neutrality(適格中立性)。米国は、中立国の一定の義務は、適格中立の原則の下では適用できないかもしれないという立場をとっている。中立法は伝統的に、中立国に対し、どの国が武力紛争の侵略者と見なされるかにかかわらず、紛争当事者間で厳格な公平性を守るよう求めてきた 。しかし、諸条約が国の政策としての戦争を違法化してからは、中立国は、侵略戦争の被害国に対して区別を行うことができると議論された。そこで米国は、第二次世界大戦に参戦する前に「適格中立」の立場をとり、中立国は、明白かつ違法な侵略戦争の犠牲となった交戦国を支持する権利を有するとした 。

ハイネック論文は、

国連憲章第2条4項が武力行使を禁止し、1974年の国連総会決議が侵略行為を禁止しているにもかかわらず、「適格中立」の概念には依然として異論がある。

としています。多くの人が継続的に反対しており、ハイネック先生もその一人です。国連安全保障理事会が特定の国を侵略者と権威的に認定した場合にのみ、この概念を受け入れようと考えてきました。実際、国家の実践は、そのような権威ある特定がなければ、ある国家を侵略者とみなすことはしばしば不可能であることを示してきた。なぜなら、IACの双方は、その軍事行動を個人的または集団的自衛権の行使として正当化することがあまりにも多いからである。中立国が侵略者の一方的な決定によって中立義務を免れることが許されるならば、中立法はIACの拡大を効果的に防止する機能を果たすことができなくなると考えてきたのです。ハイネック先生の論文は「第20章. 国際武力紛争における慈悲深い第三国:中立法の無関連性という神話」(Chapter 20. Benevolent Third States in International Armed Conflicts: the Myth of the Irrelevance of the Law of Neutrality)になります。

しかしながら、ハイネック先生もケース・バイ・ケースでこの「適格中立」の概念をより広げるべき相当な理由があるのではないか、という考え方を示しています。

「適格中立」に対して、より微妙な立場(nuances position)を取るべき理由がある。ウクライナの現状は、その限りにおいて、ゲームチェンジャーである。

  • 国連安全保障理事会では十分な多数派が存在し、中国が棄権し拒否権を行使しないにもかかわらず、侵略国自身が国連憲章第7章に基づく強制メカニズムを機能させることを妨げたのである。
  • 国連安全保障理事会による権威ある分類の有無にかかわらず、ロシアのウクライナに対する軍事行動は明白な侵略行為であり、ロシア大統領によるその正当化は、事実にも国際法にも根拠がないものである。
  • ロシアの攻撃を国際法違反として非難する国の数は圧倒的である。中国、キューバ、ベネズエラなど、通常の容疑者がロシアの立場を支持または同調しているように見える事実は無視できない。

したがって、防衛的か攻撃的かを問わず、ウクライナに軍備を提供している多くの国は、中立の法に反して行動しているわけではなく、その他に国際的に不正な行為を行い、またはその行為を幇助・援助しているわけでもないのであるとされています。

ウクライナの状況は例外的であり、世界の他の地域で同じことが繰り返される可能性は低いかもしれない。それにもかかわらず、先に述べた理由から、中立国はもはや厳格な公平性の義務や、国際法の中核的原則や規則を明らかに無視しようとする侵略国家から自らを守るために必要な手段を侵略の被害者に提供することの禁止に縛られないで済む。「ルールに基づく国際秩序」という概念が何らかの意味を持つのであれば、国際法に依拠し、それを信じ続ける国は、たとえ侵略者から「戦略的対応」で脅かされたとしても、明らかに違法な目的を追求する侵略者政府をもはや傍観するわけにはいかない。

その意味で、今回のロシアの侵略行為は、中立法規の一般理論の適用が排除される「特段の事由」のある場合であると整理されているということになるのだろうと思います。

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