山本龍彦先生のコメント@「デジタル技術と感染症対策の未来像」座談会へのコメント

前のエントリで、「デジタル技術と感染症対策の未来像」を紹介させていただきました。そのその193頁から「デジタル感染症対策の未来像」という座談会が開催されています。そのその220頁で

高橋郁夫先生など一部弁護士の先生も「プライバシー」論は悪であるという風にコロナ禍で批判されました。

となっていて、さらにその注29で、

高橋弁護士は、「信頼できる環境において、(略)」と学会の一般的立論を批判している

「新型コロナウイルス対プライバシー: コンタクトトレーシングと法」(キンドル出版)を引用していただいています。キンドル本をお買い上げいただいたのは、本当にありがとうございます。

ですが、

私としては、「プライバシー」論は悪であるとは、一回もいっていないので、その点は、山本先生に私の立場がきちんと伝わっていないと考えています。この点については、2020年6月の段階で、「山本龍彦先生の「情報自己決定権の現代的な課題」でブログをとりあけていただきました」 (2020年ブログといいます)でもふれているところです。

私の基本的な立場というのは、以下の四つになります。

  • 「プライバシー」と「データ保護」との峻別
  • 「(情報の)プライバシー」を「私生活に関する情報に関して開示等に関して生じる本人の精神的な不安感」からの開放として純化すべき
  • 上の「プライバシー」の感覚は、きわめて文脈的依存であることを認識すべき
  • 他の価値とのトレードオフの段階で、「データ保護」の絶対的地位を唱える学説を批判

です。なので、私の立場は、「学会の一般的立論を批判している」のは、そのとおりです。

が、「「プライバシー」論は悪であるという風にコロナ禍で批判されました。」ということはまったくありません。

「公衆衛生とプライバシーのもつれ-プライバシーの経験主義的分析がプライバシー法制の解釈にあたえる意味」でもふれたように(情報に関する)プライバシーを上記のような精神的な不安感という形で、純化することによって議論が精緻化、科学化されるべきであるという主張になります。キンドル出版でも、「データ保護」と「プライバシー」という用語は、きちんと使い分けているので、その使い分けを読み取っていただけなかったというのは、きわめて残念です。でもって、

もう一度、

真意が伝わるように図解をいれて説明します。

1 「プライバシー」と「データ保護」との峻別

まず、法律の仕組みのなかで、「保護されている法益」と「法律構成」というのは、わけて議論されるべきという立場にたっています。これを2020年ブログでは、

(1)守られるべき利益が何かが定義されていないで、法的構成のみを追い求めているのを「データ保護教」と定義しています。

という用語で示しています。この

「保護されている法益」と「法律構成」というのは、わけて議論されるべき

という立論は、民法での星野英一「時効に関する覚書」(民法論集第4巻、1978所収)の基本的なアプローチと理解しています(脱線ですが、大村敦志「『時効に関する覚書』に関する覚書」という論考もあるんですね。面白い)。結構有名な論文なので、この民法の法益と法律構成の区別というアプローチについての共同理解がある前提で、上の一行ですませたのが良くなかったですね。

時効に関していえば、そこで保護されている利益は、「真の権利者(の保護)」であり、そこで採用されている法的構成は、「権利の上に眠るものは保護しない」という権利の消滅であったり、権利の取得立ったりします。このような考え方でいえば、「私生活に関する情報に関して開示等に関して生じる本人の精神的な不安感」からの解放が保護されている法益であり、そのための法的な仕組みが、差し止め請求権なり、データ保護の仕組みによる行政介入等による法執行と整理できるだろうというように考えています。

図示するとこうです。

 

でもって、このようにわけて考えるというアプローチをとると、「データ保護の権利」の保護法益は、データ保護権であるというのは、時効の制度趣旨が、

「権利の上に眠るものは保護しない」

といっている議論と同等なのではないかという疑問をもってしまいます。

2 「私生活に関する情報に関して開示等に関して生じる本人の精神的な不安感」からの開放

これについては、このようなプライバシーの懸念からの解放というのを法益とすべきではないか、ということにしています。この点については、情報処理推進機構の「eID に対するセキュリティとプライバシ
に関するリスク認知と受容の調査報告」(リンク -国立国会図書館warp)での調査をしたときに、心理学的なアプローチについてふれています(同報告書17頁)。そこでは、

プライバシがある状態とは、個人の発展、自律をはかるものとされている。具体的には、リラックスし日頃の緊張から解き放たれる状態であり、通常の心理的機能'確固とした対人関係をなし個人の発展をさせる(にさせるものである。また、プライバシは、情報的側面と時・空間的側面に分けて論じられる。このうち、時・空間的側面においては、「熟考」、「自律性」、「元気回復」、「創造性」等の機能がある。
一方、プライバシは、侵入や信頼破壊によって失われる。不必要な汚名が課せられることもあり、そうなると人は、困惑し、不快に感じることになる。

とされています。もっとも

特に社会心理学、産業・組織心理学、環境心理学の分野において、プライバシの観点からの検討は重要性が認識されているが、具体的な研究が発達しているのは、環境心理学の分野であって、それ以外の分野においては、たびたび見過ごされてきた。

ということもいえており、私からすると、法律の世界とも同様で、なかなか議論が一致しているという感じでもないようです。

このような認識のもとで、上の個人の発展、自律をはかるためにプライバシーがある状態を確保するのが、プライバシーの法益として認識すべきだし、そのように定義することによって、議論の混乱をさけることができ、また、心理学の手法を用いて、エビデンスをも取得できるということになるかと思います。

3 「プライバシー」の文脈依存性

プライバシーの文脈依存性とは、プライバシー懸念は、きわめて多様な要素に左右されるということを文脈に依存する性格を有するといっています。このイメージですが

という感じです。この人の基本的な要素(人口動態、性格、経験など)、情報の重要性(上記のように要配慮個人情報か、(一般の)個人情報か、単なる関連する情報か)、それ以外の要素(トラスト と公正さ)によって影響するものと考えられています。このような実験によって、コンタクトトレーシングのアプリケーションの採用行動が説明されると考えています。

上の図は、基本的には、本人の技術の採用行動を図示しているのですが、このプライバシー懸念が、採用行動に与える影響を考えることにすれば、プライバシー懸念が多様な要素に左右されるということがわかるかと思います。

4 他の価値とのトレードオフとデータ保護

新型コロナウイルス対応にしても、人の生命身体の安全、また、日常の経済活動の確保などとの要請とデータ保護の仕組みが、それぞれ、トレードオフになっていたと認識します。

そうだとすると、法的な仕組みにおいて、それぞれの利益の総和が、最大になるような仕組みを考えないといけないと考えています。そうであるかわらず、場合に、それ自体としては、法的な利益(1 参照)としては認識しえない「データ保護」という仕組みを、他の守るべき法益との関係で、絶対視することは、

「データ保護教」と呼ぶべきであるというのが、私(というか、用語自体は、「EU、揺らぐプライバシー信仰」での問題提起)の見解です。

歴然とした差が開けば、プライバシーの熱烈な信奉者でさえ信念を貫けなくなるかもしれない

といったのは、エコノミストの記事になります。図で示すとこんな感じです。

左のように、いろいろいな法的な利益を考えて、その総和が最大になるというのがバランスのとれた立法論・解釈論だと思います。そして、一番左のプライバシー懸念からの解放というのは、文脈依存性およびその認知の難しさから、簡単に総和として計算できないというのが難しいわけです。

しかしながら、データ保護教は、データ保護自体を社会的に意味のあるものとしてとらえて、その価値の最大化が人類の幸福であると定義しているように思えるのです。これは、実体のない偶像(icon)を崇拝するものと考えるべきだというのが私の見解になります。このように私の見解は、

法的な利益を定義しないで、「データ保護」をそれ自体の法目的として追求する立場を「データ保護教」であるとして定義した上で、「データ保護教」を批判する立場

ということになり、

「プライバシー」論は悪である
とは一切いっていない

ということをご理解いただいたいと考えています。
ということで、ぜひとも、米村滋人編「デジタル技術と感染症対策の未来像」を

ご購入いただいた上で、

私の反論をお読みいただき、

上記座談会部分の山本龍彦意見を読んでいただきたいと思います。
また、私の上のような考え方は、「公衆衛生とプライバシーのもつれ-プライバシーの経験主義的分析がプライバシー法制の解釈にあたえる意味」でも示したつもりです。「新型コロナウイルス対プライバシー: コンタクトトレーシングと法」(キンドル出版)ともども、参照してもらえるとうれしいです。

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