携帯4社からの外部への情報提供と「通信の秘密」(2025年12月)

1 報道の内容

総務省は、事業者団体を通じて、電気通信事業者に対して、フィッシングメールへの更なる対策が求められるところ、効果的な対策に取り組むことを要請していたのです(令和7年9月1日のプレスリリースは、こちら)が、さらに、

メール本文など「通信の秘密」を含む情報を外部のセキュリティー企業に提供するよう事実上要請した

とのことです。具体的にしめされた内容としては、

総務省は事業者の要請をふまえ、通信の秘密を含む情報の第三者提供について憲法や電気通信事業法に基づく考え方を明確にした。利用者への説明や同意取得、規約への明記といった対応をとれば、法的な問題はないと示した。

これについての新聞記事は、「詐欺メール、官民で抑止 携帯4社が「通信の秘密」含む情報提供」になります (日経新聞 2025年12月3日)。ところが、現在に至るまで、この内容については、実際にどのような要請がなされたのか、は、明らかではないようです。

2 従来の解釈からみた変遷について

ということで、これについて、どのような観点を考えておけばいいかということをまとめてみたいとおもいます。具体的にコメントする対象としては

  1.  憲法と電気通信事業者
  2. 「通信の内容」の位置づけ
  3. 通信当事者の同意の考え方

あたりになるかとおもいます。総務省の利用環境整備課 さんから具体的な内部の指示があったとすれば、私の分析はどの程度、あたっているでしょうか。

2.1 憲法と電気通信事業者

日本の憲法(特に憲法21条2項の「通信の秘密」規定)が、そのまま私人である電気通信事業者に直接適用されるケース(=電気通信事業者自身の行為が憲法違反になるか否か)という問題です。教科書レベルでは、直接適用 vs 間接適用の議論として、学説では、憲法21条は 国家権力による制約(国家の行為)を対象 とするため、一般的には 私人(企業)には直接適用されない とされる立場が中心です。

私のブログでは、

でふれています。少なくとも私人間関係でも趣旨は考慮されるというのが一般的な理解なので、その様な形でしか憲法は出てこないということになります。てので、新聞記者さんは、あまり、「憲法」という言葉を秘密の保護との関係でふりまわさないほうがいいのではないか、というのが個人的な感想だったりします。まあ、でも憲法というと、人の注意をひけるだろうなというのは、否定しませんけど。

2.2「通信の内容」の位置づけ

では、基本的な解釈論をするとすれば、電気通信事業法4条にフォーカスすればいいだろうということになるわけです。が、その条項の解釈が肥大化しているのではないか、という問題があるわけです。

この点について、ブログでふれたものとしては、

があります。「信書の秘密」については

郵便法第 8 条第 2 項に規定する、郵便物に関して知り得た他人の秘密については、比較衡量の結果、それらの情報を用いることによる利益が秘密を守られる利益を上回ると認められたときには、第三者提供が可能となると考えられる。

とされているところです。

いまひとつ、電気通信における「通信の秘密」は、サイバー対処能力強化法における「通信情報の利用等」の枠組のなかで、内容(コミュニケーションの本質的内容)とそれ以外(通信情報)にわけて取り扱われるべきだという考え方が認められるにいたっています。この点についての私のブログは、

になります。

特に「信書の秘密」の数奇な運命、そして、「通信の秘密」-「裸の王様」としての「通秘論」 でふれた郵便事業分野ガイドライン(こちら) 解説は (こちら)と比較するのもおもしろいとおもいます。

そこでは、法律上の照会権限を有する者からの照会 についてですが、

信書の秘密等に該当する事項のうち、郵便法第 8 条第 2 項に規定する、郵便物に関して知り得た他人の秘密については、比較衡量の結果、それらの情報を用いることによる利益が秘密を守られる利益を上回ると認められたときには、第三者提供が可能となると考えられる。

という整理をしています。

ということで、「通信情報」については、比較衡量による第三者提供が認められるのではないかということになりますが、フィッシングにおいては、その本文の内容が問題となってくるので、その通信の内容までも第三者への提供をかんがえないといけないということになってくるのです。

2.3 通信当事者の同意の考え方

セキュリティ会社への提供ということなので、第三者への提供ということなります。たとえば、フィッシングメールが送られてきて、そのメールが、フィッシングメールかどうかというのを判定するのに、上記の「通信情報」のみで判定するよりは、通信の内容をも含めて判定する方が、正確になるというのは、当然のことといえると思われます。そこで、コンテンツ部分についてのセキュリティ会社への提供をを考えたときに、どのようにすれば、上記電気通信事業法4条の解釈と整合的なできるのか、ということになります。

具体的に問題になるのは、電気通信事業者が、そのコンテンツ部分を第三者に滞京できるかということです。この問題については、法律上の根拠なしに第三者への提供は許されないことになるので、どのような法的な根拠に基づくのかということになります。

この点については、「電気通信事業における個人情報等の保護に関するガイドライン」(令和4年3月31日個人情報保護委員会・総務省告示第4号)最終改正 令和7年9月26日個人情報保護委員会・総務省告示第2号 )とその解説を見ていくことにします。

(第三者提供の制限)
第十七条 電気通信事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない。

となります。例外となる場合については、サイバーセキュリティの目的となるものがないので、基本は情報主体(本人)の同意がないといけないとなります。しかも、

8 前各項の規定にかかわらず、電気通信事業者は、利用者の同意がある場合その他の違法性阻却事由がある場合を除いては、通信の秘密に係る個人情報を第三者に提供してはならない。

となっています。なので、それらの情報が個人情報であるか否かにかかわらず、「利用者の同意」があるか、という問題になります。ここで、「当事者の同意」について考えます。上記ガイドライン上では、個人情報保護の文脈では、

「本人の同意」については、2-17(本人の同意)を参照のこと。

となっています。そこでは、

「本人の同意」とは、本人の個人情報が、個人情報取扱事業者によって示された取扱方法で取り扱われることを承諾する旨の当該本人の意思表示をいう

とされますが、

ただし、通信の秘密(通信内容にとどまらず、通信当事者の住所・氏名、発受信場所、通信年月日等通信の構成要素及び通信回数等通信の存在の事実の有無を含む。)に該当する個人情報の取扱いについては、通信の秘密の保護の観点から、原則として通信当事者の個別具体的かつ明確な同意(※3)がなければ、有効な同意を取得したとはいえない。そのため、契約約款等による包括的な同意のみでは原則として有効な同意を取得したものとはいえない。もっとも、例外的に、契約約款等による包括的な同意のみしかない場合であっても、有効な同意を取得したと認められることがある(※4)。

となっています。

ここで、「通信当事者」となっています。この点について考えます。

2.3.1 通信当事者

上の解説が付されているところで(※3)とありますが、「個別具体的」についての説明になります。なので、ここで、通信当事者とされているのが、両当事者なのか、片側当事者でいいのかという点については、ふれられていません。

この点についてふれられているのは、吉展ちゃん事件です。

吉展ちゃん誘拐殺人事件とは、昭和38年3月31日に東京都台東区入谷(現在の松が谷)で発生した男児誘拐殺人事件です。この誘拐事件に関して、警察には犯人から身代金を要求する電話が入り、家族が吉展ちゃんの安否を確認させるよう求めて通話を引き延ばした結果、犯人からの電話の録音に成功しました。しかし当時は、犯人が架電してきた番号の逆探知が法的に許容されないとされていたため、犯人の所在まで捜査することはできませんでした。結局、犯人の逮捕は難航し、実際に逮捕されたのは昭和40年夏以降のことでした。

なお、この事件の社会的影響はきわめて大きく、この事件を題材にしたテレビ番組が高視聴率を記録したり、小説が出版されたりしました。吉展ちゃん事件の捜査においては、犯人からの電話(被害者宅にかかってきた電話のうち、少なくとも9回は犯人からのものとされています)を接続中に逆探知して犯人の居所を確かめるという手法は採られませんでした。これは、当時、逆探知が通信の秘密との関係で許容されないのではないかと考えられていたためです。

この点についての国会の議論があります。昭和38年5月28日 参議院 逓信委員会(第43回国会)議事録(https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=104314816X02219630528&spkNum=19&current=46)ですが、021 金光昭

ただいまお示しになりました甲と乙とが通話中の通話を、甲のところに警察当局が行って、それで甲の同意を得ての場合のことをお話しになりましたが、一般的に申し上げまして、おそらくこれは、そういった場合においては、当事者の同意というものが、当事者双方、甲乙双方の了解と考えます。

という回答がなされています。また、実際、昭和38年5月7日の衆議院地方行政委員会(https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=104304720X02019630507&spkNum=18&current=52)においても、議論されています。

そこでは、逆探知ができなかったのかという質問がなされ(項目71)、これに対してまず「アメリカ等で行われている、いわゆる盗聴方式は、現在わが国の憲法上許されないことであり、われわれとしてもそのような捜査方針はとっていない」という回答がなされています(項目72)。この際の捜査では、電話端末からの通話を録音してモニターするにとどまりました。その後、公開捜査になると、この録音が公開されたこともありました。また、この審議の中では、通信の途上において警察等が取得することが許容される当事者の同意について、原則として両当事者の同意が必要であるものの、やむを得ない場合には一方の同意でもありうるとされています(項目21)。

ということで、上の解説においては、通信当事者というのが、両当事者を指すというのが、一般的な解釈であったということとの関係が考察されていないということがいえるようにおもいます。(なお、以下の「同意取得の在り方に関する参照文書」においても同じです)

2.3.2 同意の取得の仕方について

ここで、当事者とは誰かという問題以外に、同意のとり方の問題についてふれます。解説の注では、

「個別具体的」とは、個別のサービスごとに、通信の秘密の取扱いについての同意であることを本人が具体的に認識した上で行うこと、「明確」とは、画面上のクリック、チェックボックスへのチェックや文書による同意など外部的に同意の事実が明らかであることを意味するものと解される。

とされています。そのうえで「同意取得の在り方に関する参照文書」が引用されています。この参照文書は、

  • 通信の秘密における「同意」取得の意味
  • 「通信の秘密」の侵害を防止する観点からのリスク分析(特定・評価・管理)の重要性
  • 「有効な同意」・「同意取得の在り方」
  • 個別ケースの検討

について検討しています。ちなみに、この文書は、令和3年(2021年)2月25日 に総務省が正式に策定・公表したものだそうです(「通信の秘密の確保に支障があるときの業務の改善命令の発動に係る指針」及び「同意取得の在り方に関する参照文書」)。内容については、また、別途、みていきたいとおもいます。

提供の対象との関係は、どうか

通信の秘密を保護する趣旨に鑑み、「通信の秘密」の範囲には、個別の通信に係る通信内容のほか、個別の通信に係る通信の日時、場所、通信当事者の氏名、住所・居所、電話番号などの当事者の識別符号、通信回数等これらの事項を知られることによって通信の意味内容を推知されるような事項全てが含まれると解されている

というのは、定型的な説明になります。例えば、「通信の秘密の確保に支障があるときの業務の改善命令の発動に係る指針」(2頁)。

なので、公共の目的のために、情報を第三者に提供するということが許容されるのではないかという問題意識があったときに、通信情報かコンテンツかというのは、理論的に影響を与えないということになります。が、もともと、両当事者の同意であるべきであったのにかかわらず、その同意を取得することが困難であるという場合に、そもそも、社会的に相当な場合であれば、両当事者の同意は不要であり、片側当事者のみの同意でたりるとされるべきであったのだろうとおもいます。

この「社会的に相当な場合」というのが、利用者の財産その他を守る目的のある場合ということになるだうとおもいます。このような場合には、片側当事者の同意で足りるということになるのでしょう。そもそも通信情報を提供する場合においては、片側当事者の同意が必要であるのかも疑問であるようにおもいます。

コンテンツを提供する場合においては、報道で明らかにされているとおりに、上記の「同意取得の在り方に関する参照文書」にもとづいて同意を取得することが必要ということになるのだろうとおもいます。

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