電波法の「秘密の保護」について「「窃用」の採用された法文-電波法の「通信の秘密」の数奇な運命メモ」 で特許法(大正10年法律第96号)133条までさかのぼることができたわけですが、さらにさかのぼることにします。
なお、以下については、無法(無線法律家です)者たちの協会での議論をまとめているものです。議論いただいた先生方ありがとうございます。
1 専売特許条例(明治18年太政官布告第7号)
専売特許の発明品を偽造しもしくは外国より輸入しまたは専売特許の方法を窃用したるものは1月以上1年以下の重禁固に処し(以下略)
明治 4 年から、岩倉具視を筆頭とする使節団が米国と欧州を訪問し、条約改正交渉に代えて各国の政治や産業等の視察を実施し、明治 6 年に帰国した。この使節団は、米国の特許局を訪問するとともに、米欧各国の特許関係の資料を持ち帰り、専売特許条例制定作業に大きな影響を及ぼしたといわれる。
2 明治10年の二つの文献
ここで、明治10年で、二つの文献をあげることができます。これらは、条文ではなく、解説・海外法制の紹介ということになります。
2.1 権理提綱 巻之2
明治10年12月出版の、英国人斯辺銷 (ハルバルト・スペンサー) 著、尾崎行雄訳の「権理提綱 巻之2」があります(リンク)。
このページのリンクはこれです。でもってテキスト表示。
人其腦力ヲ以テ生出セシ者モ其手足ヲ以テ生出セル者ト同シク之ヲ專占ス可キ權理ヲ有ストハ世人ノ未タ全ク認許セサル所ナリ
余輩ハ今日既ニ事買法「版權法、計圖保護法、ヲ有スト雖〓是レ皆ナ源ヲ正理ニ起ス者ニ非ラスシテ却テ之ヲ政畧ニ取ル怪ム可キナリ
余輩之ヲ有名ナル論者ノ言ニ聞ク曰ク
專買免許ハ元ト權理上、之ヲ求可キ者ニ非ラス
人ノ勤勞ヲ勸奬センカ爲メ之ヲ與フルナリ
他ノ標記ヲ竊用スルノ不可ナルハ國法、之ヲ禁スルカ故ニ非ラズ
となります。
2.2 仏国商工法鑑
明治10(1877)年7月 司法省出版の、「仏国商工法鑑」には、「製造標印を贋造する罪」の中に「他人所有ノ標印ヲ己レノ物品ニ竊用シ或ハ贋造若クハ僞用ノ標印アル物品」という記載が見られます。
製造標印ヲ價造スル罪
眞ノ製造標印價造ノ罪トハ全ク其標印ヲ摸造スルノ罪ヲ云フ
或ハ詐僞ヲ以テ他人所有ノ標印ヲ己レノ物品ニ竊用シ或ハ贋造若クハ僞用ノ標印アル物品タル〓ヲ知リテ之ヲ賣出シ若クハ之ヲ賣出サントスル者モ亦之ヲ製造標印價造ノ罪ト看做ス可シ
製造標印ニ管スル贋造ノ罪ヲ犯シタルノ許サヽル所ナリ故ニ買人ヲ欺ク爲ニ他人ノ標印ヲ擬造シタル者若クハ擬造ノ標印ヲ用ヒタル者若クハ物品ノ性質ニ付キ買人ヲ欺ク可キ符徵ヲ附セシ標印ヲ用ヒタル者若クハ擬造ノ標印或ハ買人ヲ欺ク可キ符徵ヲ附セシ標印ヲ要トス(以下略)
「仏国商工法鑑」は、フランス商法(Code de Commerceか?)の翻訳であり、そこでの用語が、窃用の起源になったのではないか、ということがいえます。他人の標印を偽造したり、他人の商標を自分の物に、あたかも自分の商標であるかのように利用することを「窃用」といったということになるかと思います。
また、「窃用」は、意味としては「盗用」と同じとされており、窃用はなるべく使わないようにとされています。
( https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/series/26/pdf/kokugo_series_026_03.pdf のP21)
2.3その他
海野弁護士によると
一番古いものとして、清朝の同治12(多分1872(明治5)年に出版された、大清律例彙輯備覧 (十八)が引っかかりました。ただ、中身を見ると、条文自体ではなく、解説中に使用されているようです。
ということだそうです。
3 解釈論にどう関連するのか
フランス法から「窃用」という用語が輸入されたという仮説をたてることができるかと思います。
これは、もともと、電気通信事業法の「秘密の保護」の解釈として利用されている用語なのですが、教科書では、
自己または他人の利益のために利用すること
とされています。
最高裁判所で
電波法109条1項にいう「窃用」とは、無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を発信者又は受信者の意思に反して利用することをいう
と解釈され(昭和55年11月29日 裁判所名 最高裁第一小法廷)
平成16年04月13日 衆議院 – 総務委員会 – 13号有冨政府参考人(総務省総合通信基盤局長) 発言で
正当な理由なく発信者または受信者の意思に反して利用すること
さらに、総務省 総合通信基盤局電気通信事業部消費者行政第二課ですと「正当な理由なく」という枕言葉が消えて
発信者又は受信者の意思に反して利用すること
となっています。
しかしながら、この最高裁判所の解釈は、歴史的にみた文脈からすると、窃用を広く解してしまっているのではないか、という疑問か出てくるわけです。
もともとは、
他人の保有する情報をあたかも自分のものとして利用する
という文脈であったことが、この歴史的解明でわかるかと思います。
そうだとすると(他人の利益のために利用する)がはいっていたかはさておいて
「窃用」は、公共の利益のために利用することは含まれない
という解釈を明確にすることができるだろうと思います。これによって、政府が共有したインターネットの通信データを、国家の安全のために利用する行為は、それ自体、公共の福祉(一般の厚生)のために許されるなどどいう微妙な解釈(「サイバー攻撃、能動的防御は独立機関が必須 宍戸常寿氏」日経・経済教室)をとるまでもなく「窃用」という用語の解釈として、当該行為に該当しないので、許容されるというように解釈することができるかと思います。