Torの法的位置づけをまとめておきたいと思います。
この問題について、2014年3月段階で、いったんまとめていたことがあったのですが、そのときには、法的な問題については、ほとんど議論されていなかったのですが、現在は、いくつか議論がなされているような状態になったからです。
まず、日本においては、遠隔操作ウイルス事件において犯人が、当該ウイルスをアップロードするのに、Torネットワークを利用しており、その点が新聞報道などで注目されたりということがありました。
世界的に、この議論を見ていくと、米国では、Watson教授は、” The Tor Network: A Global Inquiry into the Legal Status of Anonymity Networks”という論文( 11 Wash. U. Glob. Stud. L. Rev. 715(2012)) を発表しています。そこでは、「現在、アメリカ合衆国は、Torを規制する法律を有していない。 それゆえに、Torネットワークは、合衆国において完全に合法であるようにみえる」 と述べています。
また、EFF(電子フロンティア財団)は、TOR PROJECT においてTor運営者のための法的FAQ を有しています。
そこにおいては、Torの合法性について「(違法では)ない。だれも合衆国において、Torリレーを運営していたことをもって、訴えを起こされたり、起訴された例は存在しない。さらに私たちは、人々に、匿名でトラフィックを送受信することができるようにする出口ノードを含めて、Torリレーを運営することは、合法である」というのが回答です。
もっとも、違法目的を助長するために利用すべか、とか、リレーノードをしていることでトラブルに巻き込まれないことを保証するか、代理をしていれますかという問題については、いずれも、NOと回答がなされています。
では、逮捕されないか、というと、実は、米国でも逮捕された案件はあるわけです。
ちょっと古い事案ですが、
とか
とかですね。(ノード運営で逮捕されたのか、悪意あるソフトを配布していたのか、とかの事実関係は、きちんとみるべきですね)
このような場合に、どうしましょうか、ということになるわけですが、EFFの回答は、
「Torについて教育しましょう」(Education them for Tor)になります。さすが、30年近く(厳密には、1990年 これは、デジタル証拠の法律実務でSJG事件に関してふれた記憶が)活動しているEFFですね。法執行機関についても、技術について勉強してもらって、それが、純粋に、ニュートラルだとわかってもらえれば、釈放されます、と信念をもっています。
(日本だと、逮捕されないようにするのが、法律家の責務だという感じになるし、ただで助けてねという感じになるのですが、文化の違いということにしておきましょう)
あと、シルクロード事件がありますが、これは、まさに、「仮想通貨」という本で詳細にふれています。改正法についてふれていないので、ご容赦ではありますが、マネーロンダリングと仮想通貨の問題については、きちんと詳細にふれていますので、ご購入いただけると幸いです。
あと、英国のシルクロード事件もあります。このとき、Keith Bristow国家警察局長は、「これらの逮捕は、犯罪者に対する明確なメッセージである。隠れたインターネットは隠れているものではなく、匿名の行為といったものは匿名では無い。私たちはどこにいるかを知り、何をしているかを知る。犯罪者がデジタル状の痕跡を完全に消去するということは困難である。どれだけ技術に詳しい犯罪者がいたとしても、必ず過ちをおかし、法執行当局が彼らに近づくことができる」とコメントして、インターネットにおいて自分の身元を隠すことができる、そして犯罪を遂行することができると考えるものに対して考え直すように警告しています。
このように考えると、具体的に、特定の犯罪を幇助するとでも認識していないかぎり、Torの利用自体を、何らかの犯罪であると認識するのは、難しいように思えます。
(ちなみに日本法的には、いわゆるWinny作者の著作権幇助事件的なスタンスになるかと思います。最高裁判決の一般論は「当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である」というものでした。そうだとすると、具体的なチャイルドポルノなり、薬物販売なりの犯罪の「具体的な行為」を認識することが求められることになりそうです)
客観的には、犯罪行為に対してニュートラルな仕組みになっているので、それを、何らかの形で、登録制、届出制というのは、難しいかと思います。せいぜいできて、ISP等における自主的な制約を、認めるようになるあたりに思えます。
「いかにいやがらせを少なくして出口ノードを運営するかについてのちょっとしたコツ」(“Tips for Running an Exit Node with Minimal Harassment”)というページやEFFのページでは、Torに友好的な(Tor-Savvy )ISPとそうではないプロバイダがあることが示唆されています。
ISPの多数は、利用契約においてユーザが、「サーバ」をホスティングすることやプロキシを立てることを禁止しています。 なので、Torノードを運営することは、ISPの利用契約やユーザライセンス条項に違反になりえ、それを理由に、ISPは、契約を終了させることができます。
わが国におけるこのような例は、やはりWinnyの事件のときに見受けられました。消費者行政課からのご連絡でもって具体的な同意をとるようになったと記憶しています。