電気通信事業法における「通信の秘密」をみていくことにしますが、その前に一つ「通信の秘密」の問題は、ゾーンディフェンスの「縫い目」にあって、ここ数年、問題が意識されるようになるまでは、いろいろな研究が非常に手薄であったということは指摘しておくべきかと思います。
憲法の先生からすると、「通信の秘密」は、通信法もしくは刑事訴訟法の問題に思えるのでしょうし、また、刑事訴訟法の先生からすると、憲法もしくは通信法の分野だと思えるのでしょう。また、通信法については、より社会的な意味をもつ、競争状況の確保などの問題があり、なかなか「通信の秘密」までは、研究が回らないということがあったかと思います。
1995年には、ネットワーク法と憲法のかかわりを大学でお話させてもらうことがあったのですが、そのときから、ネットワーク管理行為と通信の秘密/プライバシというのは、興味がありました。そして、2000年をすぎたあたりからは、大学のネットワーク運営の枠組のお手伝いをさせていただくことになって、大学の先生から、大学の研究室でのネットワーク管理と通信の秘密との関係を聞かれたりするようになりました。
そして、2004年に、「通信の秘密」とセキュリティとのバランスという調査のテーマを具体的にいただいて、憲法の制定過程を調べたり(ネットワーク管理・調査等の活動と「通信の秘密」)、インターネットウイークで、その問題点について発表させてもらったりしました。
12歳で勉強させてもらった論点を還暦が近づいてきている今でも考えているというのは、面白い話だなと思っていたりするところです。
さて、電気通信事業法における「通信の秘密」の通常の理解をみていかないといけませんとしたところで、通常の解釈をみていきましょう。
電気通信事業法4条は、(秘密の保護)とのタイトルのもと、1項で、「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」としており、2項で電気通信事業従事者が「通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない」としています。この「通信の秘密」の侵害については、刑事罰が準備されており(同法179条1項)、電気通信事業従事者については、刑が加重されています(2項)。
この規定は、電気通信事業法の標準的な解説書である「逐条解説 電気通信事業法」(第一法規,1987)によると
通信の秘密を保護する趣旨は個人の私生活の自由を保護し個人生活の安寧を保証する(プライバシーの保護)とともに、通信が人間の社会生活にとって必要不可欠なコミュニケーションの手段であることから、憲法第21条2項の規定を受けて思想表現の自由の保障を実効あらしめることにある。そして自由闊達な通信がなされることを保障するための規定である
とされています(22頁)。
この「侵してはならない」という行為については、「積極的な取得の禁止・窃用の禁止・漏えいの禁止」を意味するものと考えられています。
実務的には、「窃用」が、単に「用いること」と同義であると解釈されています。
この点についての判例は、昭和55年11月29日最高裁になります。事例としては、普通乗用自動車を高速度で運転中、通信無線機を操作して警察無線を傍受し、進路前方の交通検問を知るとすぐに制限速度程度まで減速して右検問個所を通過したという事案です。
この事案で、最高裁は、
電波法109条1項にいう「窃用」とは、無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を発信者又は受信者の意思に反して利用することをいうと解すべきであり、本件について右規定の窃用の罪が成立するとした原判断は、結論において相当である
としています。
学説的には、一般には、「窃用」というのは、「自己又は第三者の利益のために」利用することといわれています。私は、枕言葉と読んでいますが、この最高裁の判決が、この枕詞を用いなかったことから、窃用と利用が同一視されるきっかけになったといえるかと思います。
判例タイムズでは、「「窃用」には、例えば、発受信者を含め他人に損害を加えるために利用する場合なども含まれると解されることから、右の文言を入れることは必ずしも正確ではないとされたためと思われ、基本的には原判決や前記解説書等と異なるものではないと考えられる(判例タイムズ430号77頁)」とされているのです。「発信者又は受信者の意思に反して」というのは、「潜在的に許容される意思に反すること」などのように考えて、上の枕詞がある場合と同様な範囲にする解釈論的な努力が必要だったのでしょうが、枕詞がないことをいいことに、「秘密に該当するデータ」の利用すべてが上記179条の構成要件に該当するとなってきているのが現実です。
電気通信事業法がインターネットにそのまま適用されることになって、ルーティングが、構成要件に該当することとなり、正当行為として認められることのみで、ISPは活動できるっていわれるのですが、どう考えても肥大化と彌縫策としか思えません。
あと興味深い事件としては、平成14年3月20日東京地判があります。
事案としては、革マル派の構成員である被告人が、同派の構成員らと共謀の上、①警察無線通信を傍受してその秘密を漏らし、かつ、窃用したという電波法違反と、②少年院の内部を調査する目的で、同少年院の庁舎内に不法に侵入したという建造物侵入の事案でした。
電波法の事案は、警察無線通信を傍受した上、そのうちから集会を巡る警備実施状況等を内包する警視庁通信指令本部と現場警備本部間の警察無線通信を選別し、同室に備付けのノート等に記録して整備するとともに、構成員に速報し、右受報者をして同室に備付けのファイル帳に転記させて、同室に出入りする構成員の閲覧に供し、又は同派の構成員からの問い合わせに即応し得る状態に置いたという事件です。
裁判所は、警察の警備実施状況等に関する無線通信の秘密を利用する意思が外形的に明確になったものであって、右無線通信の発受信者である巡査部長や警視庁通信指令本部の合理的な意思に反するものであることは明らかであり、また、第三者である構成員が右無線通信の秘密を知り得る状態に置いたものといえるとしています。
通信の秘密でいえることは、判決例が非常に少ないということです。検索すると18件くらいです。
「積極的な取得の禁止・窃用の禁止・漏えいの禁止」についての内容がわかったところで、電波法と比較する作業をすることになります。