サイバーペイメント・バースの3D分析-講学上の概念の整理

法律の問題は、概念の定義がアルファであり、オメガである、ということもいわれるわけです。たとえば、エクティブサイバーディフェンスを「定義」という認識もなしに論じるとか、アトリビューションというのを「特定」の意味で使ったりとかについては、違和感を感じます、とブログで書いてきた通りです。個人的には、サイバーペイメントをめぐる問題は、特に、その概念をきちんとわけて、定義して、それを論じることができるのか、ということが非常に大きな意味を持っています。

また、「デジタル資産の責任ある発展のための総合的枠組」に示された9つの報告書 のエントリでもふれましたが、米国は、きちんと概念に統一的な定義を与えているように思えます。そこで、一回、講学上の概念を整理して、それをもとにわが国の制定法を眺めてみるということをしたいと考えています。

# その一方で、わが国は、仮想通貨に安易に「暗号資産」という名称を付けたりして、定義を粗末にしているのではないか、という懸念があります。

最初に大きな土俵を設定したいと思います。どのような土俵を設定するのか、ということを考えると、1990年代に広義の電子マネーといわれた分野、すなわち、「決済に関して、電子的な手段を用いようとする試みすべて」を、議論の土俵とするのが賢明だと思われます。現代的な名称としては、サイバーペイメントの世界ということになり、今風に、この世界は、マルチバースできているので(講学上のバース、日本の制定法のバース、アメリカのバースとかいろいろある)、サイバーペイメントバースということになります。

決済手段(medium of exchange)とは何か?

ここで、「決済に関して、電子的な手段を用いる」というのは、さらに「決済手段の電子化」と「決済方法の電子化」とにわけて考察することができます。

「決済手段」というのが、それ自体が、決済に利用される手段をいいます。リアルワールドでいえば、現金や預金がこれにあたります。これは、利用者の保持する電子機器に記録されたデジタル・データなどがそれ自体「価値」を有する場合などのように、有体物以外のものが、それ自体決済に用いられる場合になります。

それに対して、「決済方法の電子化」とは、利用者が決済のための「価値」の移転を第三者に対して指図する場合に、その指図を電子機器や通信機器を通じた電子的な方法により行うものです。

この観点から図示したのは、以下の図になります。

でもって、現代社会(といっても、1990年代からですが)における注目の事象は、この決済手段の電子化になるわけです。ここにフォーカスして考えます。日々の支払とかが、電子的にできたらいいだろう、という発想になります。これを(視点1)としました。

そこで、この上の「決済手段」の電子化と書いてあるところを詳細にみてみようということになります。この部分は、デジタルデータ自体が、貨幣価値を有するものとして取り扱われる部分になります。もっとも、厳密にみると、種々の法的な意味を有するICOトークンのうち、収益分配を受ける権利が付与されたICOトークンについては、また、決済の手段足りうるものに近いものとして考察されることになります。これは、後に論じます。

視点1 決済手段性の有無-汎用性の有無

視点1から分析した図を以下に示します。

 

これは、サイバーペイメントバースが、そこで議論されているデータが、それ自体として決済手段となるのか、という問題です。「それ自体として決済手段」というのは、どういう意味か、というと原因関係における法的な問題に限らず、そのデータが、決済として完成させるという意味と理解できます。「広義の電子マネー(CBDC、仮想通貨、電子マネー)」は、それ自体が価値なので決済手段性を有します。デジタル資産のうちの一定のものは、原因関係における権利が、そのデータに表象(represented)されているので、やはり決済手段性を有します。

また、交換可能なマイレージやゲーム内通貨は、やはりそれ自体が経済価値を有するとして取引されているのが実態なので、決済手段といえます。

視点2  汎用性ある決済手段を深くみる(視点2)

次は、汎用性ある決済手段を深くみる(視点2)ことにします。

ここで汎用性というのは、いつでも、どこでも、という視点になります。ここで、大きな分類は、これらの中に「誰とでも」すなわち、パーソン2パーソンの取引が可能であるものとそうでないものとがあるということになります。このパーソン2パーソンの取引が可能であるかどうかというのを転々流通性があるかどうか、ということができます。

もともとは、このような転々流通性も合わせて、「いつでも、どこでも、誰とでも」取引ができるのが、(最広義の)電子マネーの目標です、といっていたのですが、そのような90年代の実験期から30年たって、このパーソン2パーソンの取引の可否のみを取り出して意識しいなといけないまでにこのバースが拡大してきているということを意味しているように思えます。

視点3 講学上の仮想通貨と制定法とのマッピング(視点3)

ネットワーク上で流通する電子的な決済手段について考えていきます。

これの分類の決めては、ひとつは、国家の裏付けがあるか、ということです。いまひとつは、法貨とのリンクがあるのか、ということです。国家の裏付けがあるか、というのが、本質的な要素であることは、いうまでもないでしょう。

法貨のリンクがあるのか、ということでいえば、制定法上の暗号資産の定義をみます(資金決済法2条5項)。

この法律において「暗号資産」とは、次に掲げるものをいう。ただし、金融商品取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第二条第三項に規定する電子記録移転権利を表示するものを除く。
一 物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

の「本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く」の部分です。ここで「通貨建」資産というのは、

「通貨建資産」とは、本邦通貨若しくは外国通貨をもって表示され、又は本邦通貨若しくは外国通貨をもって債務の履行、払戻しその他これらに準ずるもの(以下この項において「債務の履行等」という。)が行われることとされている資産

と定義されています(同6項)。

本邦通貨及び外国通貨は、それ自体、国の信用に依存しているので、それが、別のものであるというのは、いいと思います。また、資産の価値が、それらによって「表示」されている場合でも、その法貨の価値の変動というのは、そのようなリンクがない場合とは、レベルが違う(より安心)ということがいえるでしょう。

でもって、ここで、「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」が成立・公布された(2022年6月)際に概念として銀行等による為替としての発行、信託会社等による通貨建て仮想通貨、電子決済手段がはいっています。

この法律自体、海外における電子的支払手段(いわゆるステーブルコイン)の発行・流通の増加、銀行等における取引モニタリング等の更なる実効性向上の必要性の高まり、 高額で価値の電子的な移転が可能な前払式支払手段の広がりを背景に制定されたものです。

この「安定的かつ効率的な資金決済制度の構築を図るための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」については、法律案・理由はこれです。説明資料は、こちら。

法貨もしくは通貨建ての仮想通貨の発行・償還は、銀行等による場合には、為替取引であると認識されています。また、一定の金額を得て発行される場合には、前払式支払手段となり、そこで、利用される金額が高額な場合には、高額電子移転可能型前払式支払手段(資金決済法3条8項)とされ、また、通貨建ての仮想通貨については、電子決済手段とされています(同法2条5項)。

なお、施行されていない条文においては(以下、2022/10/16に追加)

同法2条5項

5 この法律において「電子決済手段」とは、次に掲げるものをいう。

一 物品等を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されている通貨建資産に限り、有価証券、電子記録債権法(平成十九年法律第百二号)第二条第一項に規定する電子記録債権、第三条第一項に規定する前払式支払手段その他これらに類するものとして内閣府令で定めるもの(流通性その他の事情を勘案して内閣府令で定めるものを除く。)を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの(第三号に掲げるものに該当するものを除く。)

二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの(次号に掲げるものに該当するものを除く。)

三 特定信託受益権

四 前三号に掲げるものに準ずるものとして内閣府令で定めるもの

とされています。この一号において財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されている通貨建資産に限)るとされており、上でみたように通貨建て資産というのが定義されているので、ステーブルコインについて、この電子決済手段という概念で把握されるということになります。(追加ここまで)

14 この法律において「暗号資産」とは、次に掲げるものをいう。ただし、金融商品取引法第二十九条の二第一項第八号に規定する権利を表示するものを除く。
一 物品等を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨、通貨建資産並びに電子決済手段(通貨建資産に該当するものを除く。)を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
二 不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

となっています

視点4 デジタル資産の概念を考える

デジタル的になんらかの資産性があるものをデジタル資産ということができるでしょう。ところで、このように見た場合、「デジタル資産」というのは、どのようなものを含むのか、ということになります。

ここで、思考の基礎として「Web3 と「所有」の行方」早稲田大学大学院経営管理研究科 斉藤賢爾のスライドをみます。

スマートコントラクトで管理される番号で区別されるトークン

が、資産としてやりとりされる場合ということになるのだろうと思います。このURIって何よ、ということになります。

このスライドのp16

未発行な何かのNFT としての売買が横行している

とありますが、どのように考えるのでしょうか。

この点については、私としては、このデジタル資産と権利との関係から分類できるものと考えています。分かりやすいマッピングとしては、貨幣価値、権利を表章、権利/事実とリンク、の三種類になるだろうと思います。

1 貨幣価値

まさにこれは、分散台帳上の記載で、このウォレットアカウントの保有者が、これだけの価値をもっていますという台帳上の記載自体が価値をあるものとして取引されるということです。この記録自体が価値があるということは、所有権がある、とかないとか、正当な保有者が誰か、その原因となる行為が有効かとかとは関係がないです。

2 権利を表章

これは、そのトークンの保有者が、もととなっている法的な権利を行使しうるとされていることを意味する場合としました。これを「表章(represented)」としました。

法律的な観点から、表章って何、という問題になります。有価証券だとの争いがありますが、トークンの保有という台帳の記載が、その権利を行使しうると法的に確かにされている状態をいうと定義されるのではないかと考えています。

#有価証券は、金融商品取引法では、  「(定義)第二条 この法律において「有価証券」とは、次に掲げるものをいう。」として列挙されているので、なんともいえないところです。財産的価値のある私権を表章する証券で、その権利の発生、移転または行使の全部又は一部が証券によってなされるものをいうという定義があることは参考になるでしょう。

#「DeFiが分散台帳に裏付け資産やら貸借関係を持ち込んだ時点で、Bitcoinが確立しつつあった仮想通貨の前提は崩れ、とっくに(当初の)仕組みとしては壊れてるんじゃないの?というのが私の課題認識です」という楠さんの指摘がありますが、ブロックチェーンで貨幣価値が表示されていないで表示される場合もあることは、ICO ブームの時に確認されていて、有価証券と同じなのかなという感じはします。「盗まれた場合にどうなるのか」という問題提起は、まさにその表章とはなんでしょうかということを鋭くついた質問だと思います。法律家の世界で、分散台帳でそのトークンが盗まれた場合はどうなるの?というのは、あまり考えられていなかったような気がしています。

DAOのいわゆるガバナンストークンだと分かりやすいですね。株券だと善意取得(会社法131条)があって、その所持が法的に保護されているわけです。

権利の推定等

第131条 株券の占有者は、当該株券に係る株式についての権利を適法に有するものと推定する。

2 株券の交付を受けた者は、当該株券に係る株式についての権利を取得する。ただし、その者に悪意又は重大な過失があるときは、この限りでない。

でもって、分散台帳だとどうなるのということになります。トークンを騙して取得してしまった、とか、「盗んだ」ということがあった場合に、どうなるのか。基本的には、それこそ、その仕組みのもともとのコントラクトでは、どうだったの?ということになるのだろうと思います。そのコントラクトがそこまで手当てしていなかったなら、悪意とかどこまであるの?という論点はありそうです。

この場合、もともとのガバナンストークンを保有している地位と分散台帳上の記載の乖離を認めるのか、ということになります。この点については、いまのところ、論じたものはないだろうと思います。

でも、ブロックチェーン表示を信じたものは、その保有しうる地位を取得するとしているのだろうなと思います。DAOで、私(A)がもともと支払権を越えるトークンをもっていたけど、盗まれてしまったよ、ということがあった場合、私(A)は、やはり、正統の権限があるということになるのだろうと思います。ただし、盗んだもの(B)から、譲渡を受けたもの(c)が出てくれば、そのDAOのガバナンストークンは、善意取得されているというような感じがします。これは、上の131条の類推ということになるのですが、

それ以外の場合だとどうか。

一定の給付を求める権利とすると、例えば、有名人とか地下アイドルとかのコミュニティで、定期的に握手したりするトークン

きかは、理屈としてはありえます。この場合、この「定期的に握手する」権利が、トークンに表章されているのでしょうか。その握手した権利が、盗まれたとしても、その記載を信じたものは救われるのか、もし、その信じて取得した者がそのトークンのコントラクト通りに求めうるのであれば、権利が表章されていると考えていいのだろうと思います。

一方、そうでなければ、それは、その「定期的に握手する」権利は、そのトークンに表章されていなかったということなのであろうと思います。

ここまでの限界事例になると、むしろ、思考方法としては、逆で、分散台帳上の記載を信じたものは救われるとすべきものが、表章しているトークンということになるのだろうと思います。

この点についての参考になるのは、「情報通信技術の進展に伴う金融取引の多様化に対応するための資金決済に関する法律等の一部を改正する法律」(平成31年3月15日提出、令和元年5月31日成立)だと思われます。この際の改正で、ICOへの対応がうたわれました。そこでは、

収益分配を受ける権利が付与されたトークンについて、投資家のリスクや流通性の高さ等を踏まえ、
・ 投資家に対し、暗号資産を対価としてトークンを発行する行為に金融商品取引法が適用されることを明確化
・ 株式等と同様に、発行者による投資家への情報開示の制度やトークンの売買の仲介業者に対する販売・勧誘規制等を整備

されています。このために準備された概念が、電子記録移転権利です。

金融商品取引法2条2項各号で有価証券とみなされている権利が電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されるものに限る。)に表示される場合(流通性その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合を除く。)

と定義することができると思います。

そして、「金融商品取引業等に関する内閣府令(平成十九年内閣府令第五十二号)を見ていくと同6条の3で

(電子記録移転有価証券表示権利等)
第六条の三 法第二十九条の二第一項第八号に規定する内閣府令で定めるものは、電子情報処理組織を用いて移転することができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されるものに限る。以下単に「財産的価値」という。)に表示される場合に該当するものとする。

とされていて、権利が表示されるとは、移転がポイントであるということがわかります。このあたりは、解釈の論文とかはみていないので、条文をあたるだけになりますので、とりあえずですが、移転についての規定となるだろうと思います。

3 権利/事実とリンク

上で検討したように、分散台帳の記載が単なる事実を現しているような場合、もしくは、債権を記録しているが、債権の性質から、権利が表示されていないものを考えることができるように思われます。この場合は、原則のとおりということだろうと思います。

 

 

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