「通信の秘密」の数奇な運命については、いままでに憲法・制定法・国際的な側面を見てきているのですが、電波法の法文の「窃用」という用語がどこからきているのか、というのを調べていたりもします。
三部作としては
- 「通信の秘密の数奇な運命(憲法)」(情報ネットワーク・ローレビュー = Information network law review / 情報ネットワーク法学会 編 5 44-70, 2006-05東京 : 商事法務)
- 「通信の秘密の数奇な運命」(制定法) (情報ネットワーク・ローレビュー = Information network law review / 情報ネットワーク法学会 編 8 1-26, 2009-05)
- 「通信の秘密の数奇な運命(国際的な側面)」(情報ネットワーク・ローレビュー = Information network law review / 情報ネットワーク法学会 編 15 17-30, 2017-10)
になります。
1 「窃用」の用語と電波法
電波法の法文については
(秘密の保護)
第59条 何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信(電気通信事業法第4条第1項又は第164条第3項の通信であるものを除く。第109条並びに第109条の2第2項及び第3項において同じ。)を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。
となっています。ここで、
これを窃用してはならない。
となっているのに注目したいと思います。「窃用」というのは、電気通信事業法の「秘密の保護」の条文の解釈にも出てくる用語です(「電気通信事業法及び通信(信書等を含む)の秘密」)。
ちなみに英訳ですが
Article 59Unless otherwise specified by law, no one must intercept, and divulge or take advantage of the existence or contents of radio communications that are conducted to a specific person (except communications under Article 4 paragraph (1) or Article 164 paragraph (2) of the Telecommunications Business Act; the same applies to Article 109 and Article 109-2 paragraphs (2) and (3))
この英訳で興味深いのは、
- 「窃用」は、「take advantage of」と訳されていること
- 窃用してはならないのは、「the existence or contents of radio communications(存在もしくは内容)」となっている
かと思っています。この場合
存在もしくは内容
を指示するのが、日本語として「これ」という表現になるのだろうか、という疑問があったりします。窃用してはならないのは、内容だけ、これとは、内容のみを指すというのは、解釈として成り立ちうるのだろうか、という疑問もあったりします。
2 「窃用」の採用されている制定法
でもって、無線法律家協会で、「窃用」の用語に興味があるのですという話をしたところ、第1回国会で成立した法律についてだけみても、以下の法律が窃用という用語を採用しています。
- 非戦災者特別税法(昭和22年法律第143号)
- 持株会社整理委員会令の一部を改正する法律(昭和22年法律第204号)
- 食糧管理法の一部を改正する法律(昭和22年法律第247号)
また、
臨時金利調整法(昭和22年法律第181号)の審議過程で窃用明示型の罰則が修正追加
されているとのことでした。
そして、第1回国会議事録からヒントを受けて戦前に遡って調べると、
特許法(大正10年法律第96号)
で既に窃用明示型の規定が採用されていました。
と教えていただきました。
ちなみにe-govで調べてみると、現時点で窃用の用語が利用されている制定法として
- 物価統制令 (昭和二十一年勅令第百十八号)-38条1項 当該職員、第二十六条ニ掲グル者又ハ此等ノ職ニ在リタル者本令ニ依ル職務執行ニ関シ知得シタル秘密ヲ漏泄シ又ハ窃用シタルトキハ二年以下ノ懲役又ハ十万円以下ノ罰金ニ処ス
- 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)-39条 1項 委員長、委員及び公正取引委員会の職員並びに委員長、委員又は公正取引委員会の職員であつた者は、その職務に関して知得した事業者の秘密を他に漏し、又は窃用してはならない。
- 金融商品取引法 (昭和二十三年法律第二十五号)-改正附則 52条 1項 みなし免許証券金融会社の役員若しくは職員又はこれらの職にあった者に係るその職務に関して知得した秘密を他に漏らし、又は窃用してはならない義務については、施行日以後も、なお従前の例による。
- 資産再評価法 (昭和二十五年法律第百十号)-128条 1 項 再評価税の調査に関する事務に従事している者又は従事していた者がその事務に関して知つた秘密を漏らし、又は窃用したときは、二年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
- 地方税法 (昭和二十五年法律第二百二十六号)- 22条 1 項・・・法律(昭和四十四年法律第四十六号)の規定に基づいて行う情報の提供のための調査に関する事務又は地方税の徴収に関する事務に従事している者又は従事していた者は、これらの事務に関して知り得た秘密を漏らし、又は窃用した場合においては、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
- 税理士法 (昭和二十六年法律第二百三十七号)-8条1項 税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。税理士でなくなつた後においても、また同様とする。
- 商工会議所法 (昭和二十八年法律第百四十三号)11条 3項 商工会議所は、法定台帳の作成又は訂正に関して知り得た商工業者の秘密に属する事項を他に漏らし、又は窃用してはならない。
などの規定があるようです。でもって、特許法(大正10年法律第96号)になります。これは、この官報ですね(リンク)
133条になります。
ということで、大正10年(1921年)に窃用という用語が日本の法制で使われていたことはわかりました。でもって、この用語が、どのような系譜で採用されたのか、というのを調べるとわかるかもしれないということになるかと思います。