ロシアのウクライナ侵略について、衛星が攻撃対象となるか、という論点があります。これについて、二つニュースがありますので、検討してみます。
まずは、ロシアのウクライナ侵略に関して、武力紛争法と宇宙法の交錯する部分については、いままでにエントリとしていくつか書いています。
などです。
二つのニュースというのは、
- フィンランドの衛星レーダー画像会社のICEYEが、ウクライナ政府に合成開口レーダーの利用能力を与えることに合意したというニュース(ニュースとしてはこちら。それを分析したヒトシ・ナス教授の論考はこちら)
- ロシアが宇宙の脅威削減のオープン・エンデッド・WGで、9月12日に准民事インフラは、報復の合法的な標的になると述べたというニュース(ニュースとしては、こちら、ステートメントは、こちら)
です。ちょっと詳しく見ていきます。
1 ICEYEのウクライナ政府への合成開口レーダーの利用能力の付与
ICEYE社のプレスリリースによると
本契約の一環として、ICEYEは、ウクライナ政府が同地域で使用するために、既に軌道上にある同社のSAR衛星1機の全機能を移管します。このSAR衛星は、ICEYEが運用します。さらに、ICEYE社は、ウクライナ軍が重要な地点のレーダー衛星画像を高い視認頻度で受信できるように、同社のSAR衛星群にアクセスする権利を提供します。
とのことです。
同社は、
実績と信頼性のある地球観測ソリューションを提供し、高精度のSAR衛星とデータを迅速に顧客に提供し、顧客がミッションを完全にコントロールできるようにする世界で唯一の組織です。
常時、地球の大部分は雲や闇に覆われています。ICEYEの小型レーダー衛星は、従来の地球観測衛星とは異なり、昼でも夜でも、雲に覆われていても高解像度の画像を撮影することができます。つまり、1日に何度も地球上のあらゆる場所の画像やデータを収集することができ、重要な意思決定に必要な信頼性を備えているのです。ICEYEは、これまでに21機の衛星の打ち上げに成功し、世界最大の商業SAR衛星群を運用しています。
とのことです。
2 ロシアのUN OEWGでのステートメント
最初は、宇宙の平和利用の原則等を述べています。その後
我々は、宇宙技術の無害な利用を越えて、ウクライナの事件で明らかになった極めて危険な傾向を強調したい。すなわち、米国とその同盟国が、宇宙空間の民間インフラ(商業インフラも含む)の要素を軍事目的に利用することです。このような行為は、軍事紛争に間接的に関与することになるということを、私たちは認識していないように思われる。準民生インフラは、報復の正当なターゲットになる可能性がある。欧米諸国の行動は、平和的な宇宙活動の持続可能性を不必要に危険にさらすだけでなく、地球上の多くの社会・経済プロセス、特に発展途上国の人々の幸福に影響を与えるものである。少なくとも、民間衛星の挑発的な使用は、宇宙空間の平和利用のみを定めた宇宙条約に照らして疑問であり、国際社会から強く非難されなければならない。
国連加盟国は、宇宙空間(地球周回軌道や天体を含む)にいかなる種類の兵器も配置せず、宇宙物体に対する、あるいは宇宙物体を使った武力による威嚇や使用を禁止する国内外での義務を負うことに注力するとともに、宇宙物体に対する使用を目的とした宇宙空間での打撃兵器を完全かつ包括的に禁止することを導入する必要があります。
と述べています。その後は、一般的なコミットメントの強調、宇宙空間における軍備競争の防止(PAROS)、「宇宙空間における兵器配置防止条約(PPWT)」案などが主張されています。(PAROSなどについては、こちら)
3 法的な論点についての考察
法的な論点についての考察をナス論文を主として参考にしながらまとめます。
3.1 ICEYE社のSAR衛星の攻撃対象性
衛星についての一般的な理解をみます。
- 民間企業による人工衛星の運用は、その宇宙活動を行う国の国際責任に属する(宇宙条約第6条)。
- 衛星が何らかの損害を与えた場合、その責任は、衛星の打ち上げに関与した国、打ち上げを調達した国、および衛星の領土または施設から打ち上げられた国を含む打ち上げ国に帰する(責任条約1条(c))。
- これらの打上げ国のうち1カ国が登録国として衛星の管轄権及び管理権を行使することができる(宇宙条約第8条、登録条約第2条)。
これについてみると、ICEYE社のSAR衛星の場合、フィンランドが登録国であり(例えば、ICEYE-X16の登録データ参照)、ICEYE社の本拠地がフィンランドのエスポーにあることから、同国が、同社の宇宙活動に対する責任もあると考えられています。衛星の打ち上げ方法によっては、ロシアや米国など他の国も打ち上げ国としてフィンランドに加わることになります。
軍事目的物かどうか、という点については、ロシアとウクライナの双方が加盟している第一追加議定書第52条2項がこれを定めています。
2攻撃は、厳格に軍事目標に対するものに限定する。軍事目標は、物については、その性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に資する物であってその全面的又は部分的な破壊、奪取又は無効化がその時点における状況において明確な軍事的利益をもたらすものに限る。
になります。したがって、軍事目標として攻撃の対象となるというロシアの一般論は、そのとおりであるということになります。
ちなみにナス先生は、
フィンランドが登録国であること、または ICEYE の衛星の運用が宇宙条約第 6 条の意味におけるフィンランドの宇宙での国家活動の一部であることは、衛星サービスの利用を通じて行われるかもしれない国際的な不正行為に対する国家責任を必ずしも意味するものではな い。また、国家的な宇宙活動の下で活動する民間企業が交戦国に支援を提供したからといって、ロシア・ウクライナ戦争の交戦国になるわけでもない。
ともコメントしています。
3.2 軍事作戦の実施の条件
では、上のように軍事目的となりうるとしても、実際の軍事作戦としていかなる方法でも、攻撃していいのか、ということにはなりません。
予防措置(Precautions in Attack)
まず、上記の第一追加議定書は、攻撃の際の予防措置を定めています(57条)
2攻撃については、次の予防措置をとる。
(a)攻撃を計画し又は決定する者は、次のことを行う。(i)攻撃の目標が文民又は民用物でなく、かつ、第五十二条2に規定する軍事目標であって特別の保護の対象ではないものであること及びその目標に対する攻撃がこの議定書によって禁止されていないことを確認するためのすべての実行可能なこと。
(ii)攻撃の手段及び方法の選択に当たっては、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害及び民用物の損傷を防止し並びに少なくともこれらを最小限にとどめるため、すべての実行可能な予防措置をとること。
(iii)予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷又はこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測される攻撃を行う決定を差し控えること。(b)攻撃については、その目標が軍事目標でないこと若しくは特別の保護の対象であること、又は当該攻撃が、予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷若しくはこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測されることが明白となった場合には、中止し又は停止する。
(c)文民たる住民に影響を及ぼす攻撃については、効果的な事前の警告を与える。ただし、事情の許さない場合は、この限りでない
です。あと、兵器使用の前に、効果の測定が必要になります(同36条)。この条文も参考になります。
締約国は、新たな兵器又は戦闘の手段若しくは方法の研究、開発、取得又は採用に当たり、その使用がこの議定書又は当該締約国に適用される他の国際法の諸規則により一定の場合又はすべての場合に禁止されているか否かを決定する義務を負う。
したがって、ナス先生は、
ロシアは、区別、比例、実行可能な予防措置の行使義務といったターゲティングの要件を遵守することが求められる。特に、ロシアは、破壊または破損の結果生じる破片の予測可能な影響を含め、付随的な民間人の被害を最小化または軽減するために実行可能な予防措置を講じなければならず、付随的な民間人の被害が、その行動により得られると予想される具体的かつ直接的な軍事的優位に比べ過剰であると合理的に予想できる場合は衛星を攻撃しないようにしなければならい。
と述べています。
ちなみに、ロシアの攻撃方法ですが、衛星攻撃兵器としてまとめられます。
- 直撃型対衛星(ASAT-anti-satellite weapon)ミサイルなどの運動衝撃兵器(ロシアは2021年11月に実験して衛星に運動損傷を与える能力を実証した)
- 自国の衛星からの宇宙軌道上のASATを発射(ロシアは2020年7月にコスモス2543から軌道上に投射物を放ち、そうした能力の非破壊試験を実施した疑いが持たれている)
- 非誘導性攻撃(SAR衛星を機能不全に陥れることが可能-例えば、移動式電子戦システム「クラシュカ4」は、SAR衛星に対して有効であると報告されている)
- 地上型指向性エネルギー兵器(ロシアは、画像衛星を幻惑するためのを製造している疑いもある)
- キラー衛星
- 電磁指向兵器
などがあります。ちなみに宇宙安全保障部会のスライドはこちら。こんな感じでしょうか。
ナス先生の論文ですと、「攻撃」というのは、物理的な暴力手段に拘束されず、むしろ作戦の暴力的結果によって決定される(タリン・マニュアル 2.0 規則 92など)がふれられていますが、これは、私のブログで何回もふれているのでパスです。
巻き添え被害の評価
他の行為者が、攻撃時に鉄砲水や山火事などの生命を脅かす事象を監視するために、その画像サービスが使用されている同じ衛星にアクセスすることも可能である。こうした地上的な影響は、標的法の要求する差別的な方法で攻撃を実行できるかどうかを判断するために、合理的に予想される範囲で考慮されなければならない。
とされています。いわば、画像的な巻き添え被害ということがいえるかと思います。
このような要素を考えると、
ロシアは、紛争が不用意にウクライナ国境を越えて拡大することを避けたいのであれば、衛星に対する作戦を決行する前に、こうした複雑な法的影響を非常に慎重に検討することをお勧めする。
という話になります。これらの要素を十分な検討をすることなく、攻撃作戦を行使した場合にどのような効果が発生するのでしょう。すこし、考えていきます。
ケスラーシンドロームの測定
でもって、上のような攻撃をした場合に、物理的な破壊がなされた場合には、ケスラーシンドロームも考えないといけません。(JAXAのページ)
ケスラーシンドロームについては、モデルでもって考察が進んでいることを教えてもらいました(Kessler Syndrome: System Dynamics Model doi https://doi.org/10.1016/j.spacepol.2018.03.003)。
3.3 紛争当事国以外の国への違法な「武力行使」にならないか
フィンランドへの武力行使
ナス先生によると
ICEYEの衛星が攻撃対象となった場合に、フィンランドが国際法の下でいかなる請求権も持たないことを意味するものではない。宇宙物体を破壊したり、それに損害を与えたりすることは、慣習国際法として確立されている国連憲章第2条4項で禁止されている武力行使に該当する可能性がある(軍事行動、パラグラフ188-192)
とされています。
ナス先生は、この点について
ICEYEの衛星に国籍や主権がないにもかかわらず、武力行使が衛星の1つに向けられた場合、フィンランドは自らを被害を受けた国と見なすことができることになる。私の見解では、フィンランドが裁判権を行使する権利を奪われるという事実に基づいて、特別な影響を主張する権利があると認めるのはもっともなことであろう。
としています。そして、国は、衛星が被る損害の「規模および効果」が武力攻撃に必要な重力の閾値に達するかどうかを判断する際、標的衛星が果たす機能、作戦が衛星に与えた損害の程度、フィンランドに対する影響の重大性などの異なる要因を考慮したときに、自衛権の行使として強制的な対応をとることも可能であるとしています。
個人的には、武力紛争法上、適法な攻撃目標となっているのであれば、それは、合法なので、それ自体として「国際法上、違法な」武力行使として考えられるのか、という問題については、異論もありうると思いますし、私は、その異論に立つのですが、それはさておきます。
3.2で見た軍事作戦実施の条件を満たさない攻撃作戦は、それ自体、違法となるので、それらの条件について遵守しない攻撃をなした場合には、国際的違法行為となるものと考えられます。
でもって、さらに、第三国への国際的違法行為というのは、考えられないのか、という問題になります。
第三者の権利との関係
ICEYEの衛星群は、カナダのMDA Ltd.やブラジル空軍など、世界中の複数の事業体にSARデータを提供しています。
これは、ロシアが、衛星を攻撃目標とするとしても、標的国との敵対行為に適用される武力紛争法に照らして合法であるだけでなく、攻撃の結果、権利を侵害される可能性がある第三国に関しても正当化されなければならないことを意味します。
軍事行動に付随する中立的財産の単なる破壊は賠償を要求しないことは、従来の戦争法で確立されています。が、これは第三国がいかなる法的保護も受けないということを意味するものではありません。
ナス先生によると
第三国が所有または使用する宇宙物体は、武力紛争法の下では、中立国の住民や敵地 にある財産と同様に、文民の物と同じ法的保護を受ける。
とされています。(この点は、個人的には、反対の考えもあると思います。というのは、民用物とは、2に規定する軍事目標以外のすべての物をいうとされるので、攻撃の対象になる段階で、民謡物とはいえなくなります)
ただし、攻撃作戦が条件を遵守しない違法な場合には(#高橋が追加)、第三国は、武力不行使の原則に違反した加害国の責任を追及する権利を有する「被害国」としての資格を得ることができると考えます。ICEYEの衛星に対する攻撃は、宇宙法の下で保護されている第三国の権利を侵害すると主張することができます。
ロシアは、その衛星が、衛星データサービスを提供していることをもって、第三国が仕掛けた、あるいは指示した武力攻撃ということはできません。
#なお、上は、衛星が攻撃目標となる限りにおいて、それへの攻撃は、国際法上、(その他の前提条件を遵守する限りにおいて)適法なものとなるという立場をとっています。ナス先生も「同じ物体が、武力紛争法の下で標的とされ、同時に中立法の下で法的保護を受けることは、論理的に不可能である。 さらに、中立的な立場から得られる法的保護には、たとえ衛星が民間企業によって打ち上げられ、所有されていたとしても、交戦国による衛星の使用を阻止する義務が伴う。」という論述もしています。この点は、今後、何かの機会に検討してみたいと思います。
3.4 民間企業は、その衛星を自衛することができるのか
さて、3.3までは、既存の武力紛争法と宇宙法の論点になります。ただし、ここで、ちょっと考えたのが、ICEYEが攻撃目標になった場合に、ICEYEが自ら、そのロシアの攻撃に対して、ロシアの攻撃もとを破壊するなどによって衛星への攻撃から自分で守るということはありうることになります。果たして、このようなことが許されるのだろうかということになります。
この論点は、2017年ころにActive Cyber Defenseとして議論された論点です。この点については、「アクティブサイバー防衛確実法」で検討しています。「アクティブサイバー防御をめぐる比較法的検討」InfoCom reviewのご紹介 でもふれましたが、当時は、この概念として
民間主体において、自己または第三者に対するサイバーセキュリティの侵害行為がなされているのに対して、サイバーセキュリティ侵害行為の予防・抑止・防止・探知・証拠取得・再発防止のために、サイバーセキュリティの侵害的要素をなしうる行為
と定義しており、民間主体が主体であることを前提としました。そもそも、武力紛争主体は、国家であって、その性質上、人の生命・身体に対して性質上危害を加えうる装備は、国家しかもち得ないということが前提になっています。しかしながら、これから、民間が、打ち上げた衛星が自衛のために仕組みを装備するということはありえないことではなく、その装備の利用が、法的にどのように評価されるのがということにになります。
「アクティブサイバー防衛確実法」では、そのような防衛手法と実際に利用される場合を国への情報の共有によって上の問題に対応しているように思います。
このような民間の対応については、行動規範の鼎立と、国家の合理的な関与、保険でのコントロールなどが有効であると考えられます(Cernegie Endowment for International Peace”Private Sector Cyber Defense:Can Active Measures Help Stabilize Cyberspace?”2017年)。
もっとも、宇宙については、宇宙条約6条
条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間における自国の活動について、それが政府機関によって行われるか非政府団体によって行われるかを問わず、国際責任を有し、自国の活動がこの条約の規定に従って行われることを確保する国際的責任を有する
となっているので、さらに国家の監督がなされるものと考えられます。具体的には、今後の議論によるということができるでしょう。