宇宙物体落下・衝突の事件簿

5月18日にスペースICT推進フォーラムの第43回検討会で「宇宙の事件簿 – 宇宙法の範囲と論点」高橋 郁夫(ITリサーチ・アート)という講演をしました。
そこでは、

  • 宇宙法の範囲-概観
  • 宇宙法とICT
  • 宇宙の事件簿1 宇宙物体の事故
  • 宇宙の事件簿2 宇宙と安全保障の事件簿
  • 事件簿における現代的な論点

というトピックについてはなしました。このうち、宇宙の事件簿2 宇宙と安全保障の事件簿や事件簿における現代的な論点については、いままでにも何回か話している論点なのですが、「宇宙法とICT」や「宇宙の事件簿1 飛行物体の事故」については、今回きちんと調べたのは、初めてだったので、内容のメモを整理して公開しておきます。

ちなみに、宇宙と安全保障の事件簿については、ブログで

にまとめています。

まずは、「宇宙の事件簿1 宇宙物体の事故」についてまとめます。人工衛星・ロケット等が落下や衝突した事件等についてみていきます。現在では、カナダ対Cosmos 954事件(1978)、Lottie Williams落下物被害(1997年)、Iridium 33衝突事故(2009年)を代表的な事例としてあげることができます。もっとも、「宇宙ゴミと化したスペースXのロケット、8月に「月面衝突」か 推定速度は秒速2.43km」という報道がでているので、これらの事例に新たなものが追加されることになるかもしれません。

なお、林 宏樹「スペース・デブリに関する宇宙法の現状および課題 」では、スペース・デブリが問題となった先例 として、数多くの事例があげられています。

1 カナダ対Cosmos 954事件(1978)

1.1 事件の概要とOperation Morning Light

いわゆるCosmos 954墜落事件になります。Cosmos 954墜落事件というのは、

• 1978年1月24日、ソ連の核動力偵察衛星Cosmos 954が軌道離脱し、カナダ北西部(ノースウェスト準州・アルバータ州・サスカチュワン州)に広範囲にわたり墜落・散乱。
• 衛星は濃縮ウラン235を燃料とする原子炉を搭載しており、放射性破片が約12万4千平方キロメートルに散乱。
• 人的被害は生じなかったが、放射性汚染の除去・捜索作業(Operation Morning Light)にカナダ・米国が多大なコストを費やした。

という事件です。この事件についての外交解決文書がJAXAの「宇宙法」のサイトに上がっています(リンク)。なお、星弁護士の解説はこちら。

Operation Morning Lightというのは、具体的には、Operation Morning Lightは、米国とカナダの合同チームが徒歩と航空機によって広大な捜索エリアを調査した大規模な除染回収作戦である。カナダ軍・政府機関から数百名の人員と、米国の120名規模の核緊急捜索チーム(NEST:Nuclear Emergency Search Team)が動員された。

この具体的な作戦についての根拠は、こちらです。“Operation Morning Light (1978)”Natural Resources Canada / Geological Survey of Canada(カナダ天然資源省地質調査所)、アメリカの参加については、こちら。

作戦は二段階構造となっています。

第一段階(Phase I):1978年1月24日〜4月20日

第一段階の捜索はグレートスレーブ湖からベーカー湖に至る全長600kmの散乱経路を含む約124,000平方キロメートルの範囲をカバーした。飛行時間は4,500時間以上に達し、北極冬季競技大会の会場となったヘイリバーやパインポイントを含むすべての居住地域が捜索されました。 作戦のピーク時にはエドモントン及びイエローナイフに約220名が配置され、イエローナイフがヘリコプター捜索の基地拠点となりました。春の雪解けを理由に4月20日に第一段階を終了しています。

第二段階(Phase II):1978年4月21日〜10月15日

第二段階(7月〜10月)はカナダ原子力管理委員会との契約のもとで実施されました。10月中旬までに4,000点以上の粒子・薄片・破片が回収され、4,700件以上の実験室分析が行われた。ウッドバッファロー国立公園内の絶滅危惧種であるアメリカシロヅルの営巣地を含む季節的居住地域すべてが捜索・除染されました。

具体的な作業内容

①航空探査——ガンマ線スペクトロメーターによる放射線探知
カナダ地質調査所が地質調査・鉱物探査・環境放射線モニタリングのために開発してきた航空搭載型ガンマ線スペクトロメーターが全く異なる用途に転用された。この装置がグレートスレーブ湖の氷上に散乱した放射性破片を最初に特定した。航空機はCC-130ハーキュリーズ輸送機が中心的役割を担い、ガンマ線スペクトロメーターを搭載した捜索飛行が放射線探知において決定的な役割を果たした。

②地上捜索——徒歩による破片回収
作戦は広大な航空調査と地上捜索チームの投入を必要とし、セロン川付近に臨時軍事基地が設営された。地上チームはスノーモービルや徒歩で極寒の亜寒帯環境を移動しながら破片を探索・回収した。

③回収物の処理・分析
回収された破片はエドモントンに送られ、さらにマニトバ州ピナワのホワイトシェル核研究施設に輸送されて分析・最終保管が行われた。チョークリバー研究所の放射性物質の梱包・輸送の専門家が安全な梱包を担当し、軍用機でホワイトシェルへ輸送された。

とのことです(by Claude)

第一段階の措置において、カナダ諸機関にかかった費用の総額は、12,048,239ドル11セントであり、そのうち4,414,348ドル86セントが、カナダの請求に含まれている。

第二段階の措置においてかかった費用の総額は、1,921,904ドル55セントであり、そのうち1,626,825ドル84セントが、カナダの請求に含まれている。合計すれば、カナダはソビエト社会主義共和国連邦に対し、6,041,174ドル70セントの支払を請求している。

1.2 コスモス954号事件外交解決文書

 

2 Lottie Williams落下物被害(1997年)

2.1. 事実関係

これは、 1997年1月22日、米国オクラホマ州タルサ市在住のLottie Williamsが、ジョギング中に肩に金属片の直撃を受けたという事件です。 落下物はNASAのデルタII型ロケット(1996年打上げ)の燃料タンクの一部(約12cm、約0.14kg)と特定されました。 幸いWilliams本人に怪我はなかったのですが、宇宙デブリが人体に直撃した史上初の記録的事例として知られています。

具体的な記事としては

などがあります。

2.2 コメント

もっとも、この事件についての法的な分析というのは、見つかりません。 事件としては

  • 落下物の打上げ国は米国であり、被害者も米国人。
  •  身体的損害がなく、財産的損害も事実上ゼロ。

という特徴があります。

University of TulsaのDr. Winton Cornell(地球科学科応用准教授)に破片を持ち込み、電子顕微鏡とX線による分析が行われており、Cornellは「部分的に溶融しておりファイバーグラスに類似していた。NASAが燃料タンクの断熱に使用する素材と一致するように見えた」と述べたという記事かあります(リンク)

なお、分析した組織は、空軍装備軍 宇宙ミサイルシステムセンタです。この部分については、「SPACE AND MISSILE SYSTEMS CENTER AIR FORCE MATERIEL COMMAND」の報告書(リンク)があります。

3 Iridium 33衝突事故(2009年)

3.1. 事実関係

事故の概要

これは、 2009年2月10日、高度約790kmの低軌道上で、米国の商業通信衛星Iridium 33(Iridium LLC所有)とロシアの軍事通信衛星Cosmos 2251(ロシア宇宙軍、運用停止済み)が無警告で衝突したという事件です。 宇宙史上初の大型衛星同士の無警告衝突事故であり、 両衛星は完全に破壊され、合計約2,000片以上の追跡可能なデブリが発生しました(小片を含めると数万片とも)。

また、 デブリは国際宇宙ステーション(ISS)の軌道高度帯にも拡散し、ISSの軌道変更を余儀なくされました。

打ち上げ等の事実

コスモス2251は、1993年6月にロシア宇宙局によってプロトンロケットでロシアのプレセツクから打ち上げられ、1994年6月に国連への口頭覚書を通じて登録されていました。 しかし、この衛星は1995年中に機能停止し、おそらく完全に制御不能となっていました。

これに対して イリジウム33号は、1997年9月、カザフスタンにあるロシアの宇宙基地バイコヌールからプロトンロケットにより、他の6機のイリジウム衛星とともに打ち上げられ、ロシアは1998年3月にその旨を国連に通告しています。

論文による分析

この事案に関して、学術的な論文もでています。

  • NASAの分析スライド “Analysis and Consequences of the Iridium 33 / Cosmos 2251 Collision”(リンク)
  • von der Dunk, Frans G., “Too-Close Encounters of the Third Party Kind: Will the Liability Convention Stand the Test of the Cosmos 2251-Iridium 33 Collision?” (2010). Space, Cyber, and Telecommunications Law Program Faculty Publications. 28.(リンクこちら)
  • Mejía-Kaiser, Martha, “Collision Course: The 2009 Iridium-Cosmos Crash”(リンク)
  • Jakhu “Iridium-Cosmos Collision and its Implications for Space Operations”(リンク)
  • Ajay Balhara “Liability Without Accountability: Rethinking Space Debris Law After Iridium-Cosmos Collision ” (リンク)

3.2. 法的な論点

法的論点としては

3.2.1 商業衛星の関与と「打ち上げ国」

Iridium 33の運用者はIridium LLC(米国民間企業)であった。 責任条約(リンク)の請求主体は国家のみ都定めている(第8条)。

1. 損害を被った国又は自国の自然人若しくは法人が損害を被った国は、当該損害の賠償につき、打上げ国に対し請求を行うことができる。

民間企業は直接請求できず、米国による行使が必要となる。 しかし米国政府はIridium LLCのために請求をしていない。

また、この場合、「打ち上げ国」はどこか?。

(c) 「打上げ国」とは、次の国をいう。
(i) 宇宙物体を打上げ、又は行わせる国。
(ii) 宇宙物体が、その領域又は施設から打上げられる国。

となっている(責任条約1条(c))。Frans G. von der Dunk教授の論文では、

当該衛星の打ち上げは、イリジウム社(これは「米国」ではない)が手配したプロトンロケットを用いてロシア宇宙局によって行われ、カザフスタンにあるバイコヌールから実施された。したがって、国家としての米国と、衛星の打ち上げを委託した企業としてのイリジウムとの間の唯一の法的関連性は、後者の米国籍にあるが、運用者の「国籍」は、「打ち上げ国」の定義の文脈において、それ自体として言及されていない。

とされています。もっとも、宇宙条約6条(国家集中原則)を根拠とする立場もあるそうです。米国は、この衛星について、自国をうちあげ国として見なしていないとされています。

Jakhuは、衛星を「調達」したとしてアメリカが、Iridium 33の「打ち上げ国」であるとしています。

3.2.2 宇宙空間での衝突は過失責任

責任条約第3条:宇宙空間での損害は過失責任(地表の絶対責任とは異なる)です。

条文としては

第3条 損害が、一の打上げ国の宇宙物体又はその宇宙物体内の人若しくは財産に対して他の打上げ国の宇宙物体により地表以外の場所において引き起こされた場合には、当該他の打上げ国は、その損害が自国の過失又は自国が責任を負うべき者の過失によるものであるときに限り責任を負う。

とされています。これは、

第2条 打上げ国は、自国の宇宙物体が地表において引き起こした損害、又は飛行中の航空機に与えた損害につき無過失責任を負う。

というのと対照をなします。この過失については、具体的な定義がなされていません。

von der Dunk教授は、宇宙物体は意識的かつ故意に運用されていることから、もしそのうちの一つが正常な状態から逸脱したり、何らかの理由で動作や移動を開始して他方に衝突した場合、前者の運用者は後者による損害について過失に基づき責任を負うことになる一方、後者の運用者は、過失がない限り、衝突の結果として前者が被ったいかなる損害についても責任を負わないことになるのは、「一見したところ、これは非常に合理的かつ論理的なアプローチのように思われる。」と述べています。

しかし、この件においては、1982年にソ連の衛星2251号が制御不能になって以来、ロシア側がイリジウム社との衝突を回避するためにできることは何もなかった。この点については、Jakhuは、宇宙条約(特に9条)に基づいて、この宇宙物体(コスモス2251)をLEO軌道から、排除すべき義務があったのではないかと論じています。

von der Dunk教授は、「ロシア当局が、少なくとも重大な衝突の可能性を認識していたならば、コスモスを軌道から脱出させることはできなかったかもしれないが、少なくともイリディウムに対し、回避操作が必要になる可能性があることを通知することは確実にできたはずである。」ということが過失の判断となるのではないかとしています。

また、

様に考慮すべき重要な要素として、宇宙交通の管理に関する統合的な国際体制の欠如が挙げられる。航空交通を管理する中央集権的な組織が存在する地球の大気圏とは対照的に、宇宙空間においては、衛星の動きを管理し、衝突を回避するためにそれらを調整する統括機関が存在しない。

ことも指摘されています(Ajay Balhara)。

また、この案件についていえば、 Iridium社自身も保険で対応し、法的請求よりも事業継続を優先したという事実関係があるとのことです。

3.2.3 デブリ生成責任の未確立

本件において、ロシアがそもそも衛星の制御不能を「容認」し、それによって宇宙ゴミを生み出し、それが後に何らかの損害を引き起こすリスクを「意図的に」受け入れたという事実に、ロシアは、注意義務違反があったのではないかという点が議論されます。

しかしながら、von der Dunk教授は

ロシアに対し、例えば、衛星をジャンクヤード軌道に追いやるために搭載燃料の最後の一滴まで使い切ることを要求したり、あるいは軌道離脱させることを要求するような「義務」や「行動基準」などというものは存在しなかった。

としています。

もっとも、近年においては、この状況が、いわば、改善されつつあります。代表的なものとして国際機関間宇宙デブリ調整委員会(IADC)のガイドラインをあげることができます。これについてのclaudeの解説は、以下のとおりです。

—–

IADC · Space Debris Mitigation · 国際宇宙デブリ規制

IADCスペースデブリ軽減ガイドラインとは何か
——その内容と法的意義

宇宙デブリ問題の深刻化を受け、国際機関間宇宙デブリ調整委員会(IADC)は2002年に軽減ガイドライン(IADC-02-01)を策定しました。本稿では、その一次資料に基づいてガイドラインの全体像と法的性格を解説します。

IADC · IADC-02-01 Rev.3 · COPUOS · 宇宙活動の持続可能性

Section 01

IADCとは何か

国際機関間宇宙デブリ調整委員会(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee、以下IADC)は、地球軌道上のデブリ問題に対処するための各国宇宙機関による国際フォーラムであり、1993年に設立されました。

IADCの主な目的は、加盟機関間でのデブリ研究活動の情報交換、共同研究の推進、そして宇宙デブリ軽減策の特定と勧告です。軍事・安全保障組織ではなく、あくまで技術的・科学的な調整機関として位置づけられています。

加盟機関(13機関)

ASI(イタリア)・CNES(フランス)・CNSA(中国)・CSA(カナダ)・DLR(ドイツ)・ESA(欧州)・ISRO(インド)・JAXA(日本)・KARI(韓国)・NASA(米国)・ROSCOSMOS(ロシア)・SSAU(ウクライナ)・UKSA(英国)の13機関が加盟しています。主要宇宙国のほぼすべてが参加していることが、IADCの技術的権威の基盤となっています。

ガイドラインの策定にあたっては、コスト効率を重視するという基本方針のもと、宇宙機および打上げ機の計画・設計・運用の各段階でデブリの発生を最小化または排除するための指針が加盟機関のコンセンサスにより形成されています。

Section 02

ガイドラインの策定経緯と改訂履歴

IADCスペースデブリ軽減ガイドライン(文書番号:IADC-02-01)は2002年に初版が策定され、その後三度の改訂を経て現行のRev. 3(2021年6月)に至っています。

日付 主な改訂内容
Rev. 0(初版) 2002年10月 初版策定
Rev. 1 2007年9月 文言の明確化
Rev. 2 2020年3月 LEO処分成功率の数値(90%)追加
Rev. 3(現行) 2021年6月 GEO処分目標値・爆発原因・運用フェーズ・再突入リスクの明確化

国連・COPUOSへの昇格

IADCガイドラインの国際的な正統性を高める上で決定的だったのが、COPUOSへの採択です。2007年2月、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の科学技術小委員会がIADCガイドラインを基礎とした独自の宇宙デブリ軽減ガイドラインを採択し、同年6月にCOPUOS本体が承認、同年12月22日の国連総会決議62/217でこれが支持されました。

ただしこの決議は「支持(endorsement)」であり、条約としての法的拘束力を付与するものではありません。この点がガイドラインの法的性格をめぐる論点の核心となっています。

Section 03

主要定義——デブリ・保護領域

ガイドラインの実体的規定を理解するうえで、まず「スペースデブリ」と「保護領域」の定義を確認する必要があります。

スペースデブリの定義

ガイドラインは、スペースデブリを以下のように定義しています。

地球軌道上または大気圏再突入中にある人工物体(その破片・構成要素を含む)のうち、非機能状態にあるすべてのもの。

この定義の重要な含意は、「非機能状態」という要件です。運用停止済みの衛星・ロケット上段・爆発・衝突により生じた破片のすべてが該当します。他方、予備モード・スタンバイモードで待機中の衛星は「機能的」とみなされ、デブリには該当しないとされています。

保護領域(Protected Regions)

ガイドラインはデブリ生成に関して特別の注意が必要な軌道域として二つの「保護領域」を定めています。

二つの保護領域

Region A(LEO保護領域):地表から高度2,000kmまでの球形領域。通信・地球観測・気象衛星が多数運用される、最も軌道混雑が深刻な領域です。

Region B(GEO保護領域):静止軌道高度35,786kmを中心として上下各200km・南北緯度15度以内の帯状領域。放送・通信に不可欠な静止軌道を保護することを目的としています。

これらの保護領域の設定は、すべての宇宙活動はこれらの領域の将来的な安全かつ持続可能な利用を確保する観点から行われなければならないという原則を実体化するものです。

Section 04

四つの軽減措置の内容

ガイドラインの核心は第5条に定める四つの軽減措置です。これらはミッションの計画・設計・運用・廃棄の各フェーズにわたって適用されます。

5.1 通常運用中のデブリ放出の制限

すべての運用軌道域において、宇宙機および軌道段は通常運用中にデブリを放出しないよう設計されなければなりません。これが実行不可能な場合、デブリの放出は数・面積・軌道寿命の観点から最小化することが求められます。

具体的には、打上げ時のフェアリング分離に伴うボルト・バンド・その他締結具の放出、衛星展開時のカバー・レンズキャップの放出、テザー(係留系)の取り扱いなどが規律の対象となります。ガイドラインはまた、意図的に物体を軌道上に放出するプログラム・実験については、軌道環境への影響が長期的に見て許容できる水準にあることを事前に検証しなければならないと定めています。

5.2 軌道上爆発・解体の可能性の最小化

三つのサブ要件から構成される、技術的に最も詳細な規定群です。

5.2.1 貯蔵エネルギーのパッシベーション

ミッション完了後に宇宙機が爆発・解体してデブリを生成する主な原因は、残留した推進剤・加圧気体・バッテリー等の「貯蔵エネルギー」です。ガイドラインはこれを排出・安全化する「パッシベーション」を義務づけています。

具体的には、残留推進剤はベントまたは燃焼により可能な限り完全に排出すること、バッテリーは充電ラインを非活性化すること、高圧容器は爆発が生じない水準まで減圧すること、自爆装置は不意の起動が生じない設計とすること、フライホイール・モメンタムホイールへの電力供給は処分フェーズで停止することが定められています。

5.2.2 運用フェーズ中の爆発リスクの最小化

宇宙機または軌道段の設計にあたり、フェイルモード影響解析(FMEA)またはこれに相当する分析手法を用いて、偶発的な爆発的解体を招く蓋然性のある故障モードが存在しないことを実証しなければなりません。かかる故障を排除できない場合、すべての運用フェーズを通じてその発生確率は少なくとも10⁻³未満でなければならないとされています。

5.2.3 意図的な破壊の回避

宇宙機または軌道段の意図的な破壊(自爆・意図的衝突等)および他の宇宙機に対する衝突リスクを著しく増大させる有害活動は回避されなければなりません。

背景——中国のASAT実験(2007年)

2007年1月、中国は老朽化した気象衛星FY-1C(高度約865km)を地上発射型ミサイルで意図的に破壊するASAT(対衛星兵器)実験を実施しました。この実験により約3,000片以上の追跡可能なデブリが発生し、国際宇宙ステーションや多数の人工衛星の軌道に深刻な影響を与えました。この事件はガイドラインRev.1(2007年)の改訂においても強く意識されており、「意図的破壊の回避」の規定の重要性が再確認されるきっかけとなりました。

5.3 ミッション後の処分(Post Mission Disposal)

軌道域ごとに具体的な数値目標が設定されており、ガイドラインの中で最も実務的な重要性を持つ規定群です。

GEO領域の処分(5.3.1)

GEO保護領域内でミッションを終了した衛星・軌道段は、GEO保護領域外に少なくとも100年間留まる軌道(いわゆる「墓場軌道」)に移動しなければなりません。具体的な処分軌道の条件は以下のとおりです。

GEO処分軌道の要件

① 近地点高度の増加量:235km +(1000 × CR × A/m)以上

(CRは太陽輻射圧係数、A/mはアスペクト面積対乾燥質量比)

② 離心率:0.003以下

235kmという数値は、GEO保護領域の上端200kmと月・太陽・地球重力による軌道降下最大値35kmの合計です。太陽輻射圧の影響が大きい衛星(太陽電池パネルの面積が大きい衛星等)ほど、より高い墓場軌道が必要とされる点が技術的なポイントです。

LEO領域の処分(5.3.2)

LEO領域を通過する軌道でミッションを終了する宇宙機または軌道段は、直接再突入(推奨)または残余軌道寿命25年以内の軌道への移動により処分されなければなりません。処分の成功確率は少なくとも90%でなければならないとされています。

また再突入に際しては、地表に到達する残骸が人命・財産に不当なリスクをもたらしてはならず、再突入1回あたりの予測死者数の上限として10⁻⁴(1万分の1)を用いることが推奨されています。

注目点

ガイドラインは「大型コンステレーション等の特定運用については、より短い残余軌道寿命および/またはより高い成功確率が必要とされる場合がある」と明記しています。Starlinkのようなメガコンステレーションを念頭に置いた規定の柔軟化であり、FCC(米国連邦通信委員会)が2022年に5年以内のデオービット規制を導入した際の技術的根拠の一つともなっています。

5.4 軌道上衝突の防止

運用中の宇宙機について、他の宇宙機・デブリとの衝突リスクを評価する「コンジャンクション分析(Conjunction Analysis)」の実施と、衝突リスクが一定の閾値を超えた場合の回避機動の実施が推奨されています。

この規定はIridium 33衝突事故(2009年)以降、軌道交通管理(Space Traffic Management、STM)の議論と連動する形で実質的な重要性が高まっています。コンジャンクション分析の基礎となる軌道情報の共有体制の整備は、国際的な課題として残されています。

宇宙法研究ノート
本稿はIADC-02-01 Rev. 3(2021年6月)その他の一次資料に基づき作成されています。
本稿は研究・教育目的のものであり、法的助言を構成するものではありません。
Space Law Review — International Space Law Analysis
—-
このようなデブリについての法的枠組が準備されつつあるとしても、まだ、不完全であるというとはいえるでしょう。
この点についてAjay Balharaは、

近年、民間企業はより多くの衛星コンステレーションを利用する傾向にあり、その結果、軌道上の混雑や宇宙ごみの発生を招いている。これは、免許要件をより厳格化すると同時に、コンプライアンスの仕組みを確実に執行可能にする必要があることを意味する。最後に、宇宙ごみの削減に向けた取り組みの中心には、国際協力が据えられなければならない。現状において、宇宙空間は地球規模の共有地(グローバル・コモンズ)であり、国家レベルのアプローチでは成果が得られにくいことを示唆している。この問題に対処するためには、宇宙ごみ問題の解決を目的とした新たな国際条約を策定する必要がある。

と述べています。

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